教養学部報
第655号
<時に沿って> 無邪気に楽しめる仕事
光元亨汰
二〇二四年四月一日付で総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系の助教として着任しました光元亨汰です。これまでは統計物理学をベースとして、ガラス、磁性体、多孔性材料など幅広い対象を研究してきました。そしてこれからは生物系にまで手を伸ばそうとしています。まだまだ精進中の身分で少し憚られますが、この度自身の過去を振り返る機会を与えていただいたので、私が研究者を志したきっかけを紹介したいと思います。
大学院の博士後期課程に進学したあたりから、周りからいつから研究者を目指し始めたのかという質問をされるようになりました。それに対して大学四年生からだと答えると、ほとんどの人に意外だという反応をされます。実際、同業者に同様の質問をすると、それなりの人が大学に入る以前から研究者に憧れを抱いていたと答えるので、この反応は変ではないのかもしれません。私の場合、子供の頃から特別な夢を抱くこともなく生活をしていました。大学受験の時に理学部物理学科を志望した深い理由は特になく、大学に入った後も、特に意欲的に勉学に励むわけでもない学生生活を送っていました。いかにギリギリの評定で、最小限の努力で卒業するかなどと考えていました。
夢を抱いてはいませんでしたが、何か楽しい職業に就きたいとは考えていました。就職後、人生の7分の5は仕事をする訳で、7分の2である休日にしか楽しみを見出せない人生を送りたくないという理由です。しかし、絶対に楽しいと自信を持って目指そうと思える職業はなかなか見つかりません。そうこうしている間に大学四年生になり、物性理論の研究室に配属されました。そこではFeynman-Hibbsの有名な教科書の輪読をすることになります。この教科書は、面白い演習問題が多数掲載されており、中にはそれ自体が研究対象になるほどの問題まで含まれています。当時の私には、演習問題の面白さを理解する能力がなかったことは残念でした。しかし、目の前にいる教員達が楽しそうにしている姿は非常に印象的に映りました。一人の教員が演習問題の解法を披露すると、負けたくないからという(良い意味で)幼稚な理由で、別の教員が翌週に別解をわざわざ用意してきました。物理学に真剣に向き合ってみようと感じたのはこの瞬間です。大学院では別の研究室に移り、研究活動がスタートします。そこで師として仰いだ人は本当に楽しそうに研究をされる人でした。私の研究に対して私以上にのめり込んでおり、逆に私自身はそこまで楽しめるほどの知識や主体性が足りていませんでした。ようやく楽しめるようになったのは研究をある程度マネージできるようになってきた修士二年目くらいからです。私の師はそれでも私より楽しそうでしたが。
今は、必ずしも楽しいことだけが研究生活ではないこともわかってきました。それでも自然科学の偉大さに感銘を受け、心からワクワクする瞬間が度々訪れます。このような職業に巡り会えたことは幸せなことであり、この気持ちはずっと忘れないでいたいと思います。また、駒場で学ぶ学生達に同じような影響を与えることが出来るよう精進します。これからどうぞよろしくお願い致します。
(相関基礎科学/物理)
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