HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報656号(2024年7月 1日)

教養学部報

第656号 外部公開

<時に沿って> 六度目のお引越し

比嘉 毅

image656-3-3.jpg 二〇二四年四月に広域科学専攻、生命環境科学系の助教に着任した比嘉毅と申します。植物の光応答、特に葉緑体光定位運動という現象を専門としています。光合成を行う葉緑体は心地よい光が降り注ぐのを漫然と待つのではなく、弱い光に積極的に集まり光合成を促進し、逆に強すぎる光から逃げ出すことでダメージを防ぎます。私など夏はエアコン、冬はこたつを求めて徘徊し、寝ている間も布団を蹴っては潜り込んでを繰り返すダイナミックさを発揮しています。こうした季節的、日周的な変動環境への振る舞いとして、動物と比較すると植物はどうしても静的なイメージを持たれます。しかしながら葉緑体運動のように、細胞レベルでのダイナミックな「動き」をその生存に役立てている例が多く存在しており、こうした特徴が植物を研究対象とすることの面白さの一つだと考えています。今後は葉緑体の動力発生機構の解明を目指して、蛍光顕微鏡イメージングを武器に、未だ暗澹とした足元をGFPの蛍光で照らしながら着実に進んでいきたいと思っています。

 さて「時に沿って」の題目通り、自身のこれまでの軌跡を考えます。故郷沖縄で修士課程までを琉球大学で過ごし、博士課程で九州大学に移りました。修学旅行くらいでしか沖縄県外に出たことのなかった私にとって、引越しの苦労と環境の変化は想像を絶するものでしたが、九大で指導いただいた和田正三先生、島崎研一郎先生をはじめ、多くの方のおかげで大変楽しい三年一ヶ月の博士課程となりました(オーバードクターはこれくらいさりげなく表明するのがオシャレですね)。学位取得後ポスドクとして東京都立大、大阪大蛋白研へと移りながら葉緑体運動研究を行い、この間イメージングや生化学的な手法を身につけます。次いで国立遺伝学研究所にて、植物根の道管分化メカニズム研究に携わりながらイメージングや画像解析により深くのめり込み、二年前には東京大学総合文化研究科、晝間敬博士のもと、植物‐糸状菌の共生関係構築メカニズム解明を目指した研究に取り組み、トランスクリプトーム解析を含む分子生物学、何より菌類との付き合いを深めました。思えば私のこれまでの歩みでは、住み処を大きく変えつつ、研究テーマや実験手法もコロコロと変化していきました。光に応答して効率よく真っ直ぐに移動することが知られる葉緑体の「歩み」とは正反対の生き方ですが、これまで全ての経験で得られた知識や技術、何よりお世話になった先生方、先輩や同僚たちとのつながりやアドバイスが、今後その葉緑体の「歩み」のメカニズムを解き明かす大きな力になるものと確信しています。

 この春晝間研から末次研へ、同じフロアの四軒隣、六度目のお引越しは私の控えめな脚の長さでも五秒ほどの距離という、労力の少ないものとなりました。携帯をいじりながら台車を押して軽やかに引越しする姿を、沖縄で不安を抱え、気の遠くなる思いで荷造りしていた若き比嘉青年が見たらどう思うでしょうか。これから出会う皆さんのおかげで、君のその選択は後悔のないものになるよ、とあの頃の自分の背中を押してあげたいです。

(生命環境科学/生物)

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