教養学部報
第657号
学部報の行方6・「文」の共同体
星野 太
本連載に一文を寄せるにあたって、ひとつの単純な疑問から始めたいと思った。それは、『教養学部報』の読者とはいったい誰なのだろうかということである。この問いはいっけん単純なようでいて、意外に難問であるように思う。
これまでの『教養学部報』のなかで、わたしがつとに愛読してきたのは、新たに着任された先生方の自己紹介にあたる「時に沿って」と、退職される先生方の万感の思いが籠もった「駒場をあとに」である。とくに後者は、退職教員を「送り出す」先生方からのメッセージも含めて名文が多く、いつかこれを一冊にまとめた本を読みたいものだとつねづね考えてきた。なかには個人的にまったく面識のない先生の文章から感銘を受けたことも、一度や二度ではない(具体的にお名前を挙げてしまい恐縮だが、二〇一九年に退職された数理科学研究科の坪井俊先生の文章からは、数学にとっての「黒板」というメディアの重要性を学んだ)。
しかしそうだとすると、本紙のおもな読者は、そうした(元)同僚の言葉に耳を傾ける駒場の専任教員だということになるのだろうか。かならずしもそうとは言えない。なぜなら本紙には、各学部への進学案内や、さまざまな分野の教員からの推薦図書など、明らかに学生むけの記事も多数掲載されているからだ。『教養学部報』のなかでもっとも情報量の多い記事のひとつである「コマメシ」なども、おもに学部生や大学院生の昼食事情を意識したものだろう。本紙は明らかに、教員だけでなく学生が読むことも想定されているのである。
さらに現在、学部報は紙媒体のほかに、総合文化研究科・教養学部のウェブサイトでも公開されている。なかにはキャンパスに足を運ぶ機会の少ない卒業生や修了生が、このオンライン版をチェックするというケースも珍しくないだろう。かくいうわたしも、本学を離れて遠方にいたときなどは、『教養学部報』の更新を目当てにしばしば当ウェブサイトを訪れていたものだ。
以上のような問いかけから本稿を始めた理由は、『教養学部報』の存在意義が、その特異な「読者共同体」の存在と切り離せないと思うからである。たとえば一般企業には今も「社内報」なるものを刊行する風習があるが、これは純粋に会社の構成員どうしの情報共有を目的としたものであり、社外の読者というのはほとんど想像できない。だが本紙の場合、読者は本キャンパスの「構成員」ばかりであるとはかぎらない。それほど人数は多くないかもしれないが、わたしの知るかぎり、本紙には駒場の教職員や学生ばかりでなく、学外の読者もそれなりにいる。その理由は、前出の「駒場をあとに」をはじめ、本紙がこれまで公共的な意義を有する記事を数多く世に送り出してきたからだろう。これは、今しがた比較対象に挙げた企業の「社内報」とは異なる、本紙の大きな特徴である。
また、本紙は『淡青』のような対外的な広報紙や、その延長としての(公式の)SNSともまた異なる。『教養学部報』は「対外広報」を目的としたメディアではない(とわたしは理解している)。あくまで本紙が学内の──しかもそのなかの一つのキャンパスの──広報紙であるからこそ、そこには各執筆者の個性や人柄が大いに反映される。そのような「中の」雰囲気が垣間見えるところに、本紙の読み物としてのおもしろさがあると言ってよいだろう。
わたし個人としても、『教養学部報』を愛読するようになったのは、とうの昔に駒場の学生でなくなり、数年前に本学に教員として赴任するまでの、ある意味「部外者」の期間だった。現在、紙媒体とウェブで印刷・配信されている本紙は、かつてのわたしにとっては、駒場という巨大なキャンパスで何が行なわれているかをリアルタイムで知ることのできる、ほぼ唯一のメディアだったのだ。
そして、本紙に掲載される記事のレベルの高さは、標準的な「学内報」のたぐいとはまったく異なるという印象を抱いていた(その典型が、冒頭でふれた「駒場をあとに」である)。かつてのわたしはそこに、つねに「署名」と切り離せない研究者の職業倫理を読み取っていた。たとえ学内紙といえども、それが不特定多数の目にさらされる以上は立派な「署名原稿」である。そのような小さな文章であっても、けっしてクオリティを忽せにしないこと──駒場という場は、そうした「文」のエートスが浸透している共同体なのだということを、わたしは本学を卒業してからはるか後に思い知ったのだった。そして、そういう構成員を多くもつ組織は信頼に値する、と不遜にも感じていた。
立場や専門を問わず、文章を通してその対象を推し量ろうとする種類の人間にとって、『教養学部報』は駒場にどういう「人」がいるのかを伝える、きわめてリアルな媒体である。その規模こそ小さいものの、本紙以上にこのキャンパスの実相を正確に伝える媒体はほかにないとすら思う。それが本紙の一読者としての印象である。
(超域文化科学/哲学・科学史)
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