教養学部報
第657号
<時に沿って> これまでの出会い
松村健太郎
二〇二四年七月一日に広域科学専攻、広域システム科学系の助教として着任しました松村健太郎と申します。
私は、コクヌストモドキと呼ばれる昆虫を用いて、行動の個体差が集団内で維持される要因について研究を行っています。研究には昆虫を使っておりますが、私達人間を含む多くの生物種を対象とした今後の研究の発展に貢献することが私の目標です。ちなみに、このコクヌストモドキは米や小麦粉などの貯蔵穀物の害虫として知られており(諸説ありますが、コクヌストは穀盗人が由来とのこと)、一般家屋の米びつの中で増殖することもあるため、多くの方が一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。また、カブトムシのように雄が武器を持つ昆虫を用いて雄同士の闘争行動を研究したり、水生昆虫であるゲンゴロウの雄が持つ吸盤の効果を研究したり、様々な昆虫を対象として生態学的な研究を行っております。
今回の執筆に伴い、私の人生の軌跡について振り返ってみますと、節々での様々な出会いが想起されます。その出会いのどれもが予測不可能なものであり、しかしその中のたった一つでも欠けていたら現在の私は存在していないかもしれません。今回は、その中でも特に大きな出会いについて述べさせて頂きたいと思います。まずは、幼少期における昆虫との出会いです。実家の周辺が自然豊かな環境であったこともあり、毎日のように昆虫採集をして過ごしてきました。昆虫図鑑を眺めながら昆虫の名前を覚え、その覚えた昆虫を採集するために野山を駆け巡ることを繰り返しておりました。現在の私にはこの頃のような昆虫採集に対する情熱はだいぶ失われてしまいましたが、この頃の昆虫との出会いが無ければ、私が研究者を目指すことはなかったでしょう。
また、私の父親の職場もその後の私の進路に大きく影響を与えました。私の父親は、熊本県合志市に拠点を構える九州沖縄農業研究センター(農業・食品産業技術総合研究機構)の職員であった時期があり、その時小学生だった私は父に連れられて父の職場を見学させて頂く機会が何度かありました。そこには農業害虫を対象とした研究室もあり、多くの研究者達が昆虫を対象とした基礎研究及び応用研究を精力的に行っておりました。昆虫を研究する仕事に対して曖昧模糊とした想像しか出来なかったそれまでの私にとって、研究者の実像を間近で目にすることが出来たことはとても貴重な機会となりました。
東京大学の教員として着任させて頂いた際、これまでに公開されている「時に沿って」を拝読させて頂きました。すると、私と同じように多くの方が様々な出会いに導かれるようにして、ここ東京大学へと辿り着いていることを知りました。同じように、学生にとって大学とは、多くの出会いの場となりうる場所だと思います。学生達には大学で過ごす期間において様々な出会いがあることを願い、私もその一助となるようにこれからも精一杯努めたいと思います。
(広域システム科学/生物)
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