教養学部報
第658号
鉄とガラスからなるグリッドシェルの計算機による形状デザイン手法の開発
三木優彰
米国Thornton Tomasetti勤務の構造エンジニアであるToby Mitchellとの共著論文、"Alignment conditions for NURBS-based design of mixed tension-compression grid shells"がコンピュータグラフィックスの最高峰の国際会議Siggraph 2024に採択されました。本論文は鉄とガラスからなるグリッドシェル構造の計算機を用いた形状デザインについて論じたもので、七月末に米国デンバーで研究発表が行われ、論文誌Transactions on Graphicsから論文が出版されました。
建築デザインの分野では重力(自重)を効率良く支えることのできる特別な薄い曲面構造のことをシェルと呼んでいます。シェルは特別な形状を取っている必要があり、その形状決定問題が熱心に研究されてきました。ガウディがサグラダ・ファミリアの設計に鎖による逆さ吊り実験を用いたことはよく知られています。二〇一二年前後にSiggraphにおいて数値計算による形状決定手法が立て続けに発表されました。当時のSiggraphではCGの各種技術がいよいよ成熟し、デジタル・ファブリケーションやコンピュテーショナル・デザインといったコンピュータディスプレイの外の〝手で触れる〟ものへ各種技術の応用先を発展させようという流れが生まれていました。
この流れの中で、建築学科出身の筆者が二〇一五年に執筆したシェル構造の形状決定手法の論文がSiggraphに採択されました。Siggraphは論文を通すのが難しいことで有名で、論文が採択されるのはそれ自体大変名誉なことですが、この論文は全くといってよいほど注目されず、筆者はその後一旦研究を中断して渡米し、米国最大の建築設計事務所Skidmore Owings and Merrill(SOM)でアーキテクトとして四年間勤務します。そして二〇二〇年に帰国後も、SOMの構造エンジニアToby Mitchell(のちにThornton Tomasettiに移籍)とZoom会議による議論を継続し、今度は引張り圧縮混合型シェル構造の形状決定手法の開発に取り組みました。実は既存の提案手法はほとんど純圧縮に限定されており、より一般的で自由な形状デザインを可能とする引張り圧縮混合型は悪名高く(Notoriously)難しいことが古くから知られていました。我々は大変な苦労の末、最終的に安定的な数値解法の開発に成功し、二〇二二年に再び論文がSiggraph Asia 2022に採択されました。
さて、近年建設技術の向上により、鉄とガラスからなるグリッドシェルの実施例が国内外で増えてきました。これは網目(グリッド)状に鉄の線材を配置し、ガラスパネルで全体を覆った構造形式で、より軽やかで現代的な印象を与えます(図)。グリッドシェルの設計においては主曲率方向に沿った網目を選択すると全体を平坦なガラスパネルで覆うことができ施工がしやすいです。一方で主応力方向に沿った網目を選択すると力学的に合理的な構造が得られ、少ない材料で建設することができることがわかっています。我々はこの二つの網目を揃えることで、両方の利点を兼ね備えたグリッドシェルの設計を可能とすることを目指しました。我々は最終的に二つの網目が一致する条件が対称な双線形型微分方程式で表現できることを導きました。実は我々の二〇二二年の手法で解いた釣り合い式も対称な双線形型微分方程式で、全く同じ数値解法で解くことができました。開発した手法はこの分野の標準的な設計手法としてスパン二〇メートル程度の大空間構造への応用が期待されます。
図 提案手法で計算した鉄とガラスからなるグリッドシェル
(広域システム科学/情報・図形)
〇関連情報
【研究成果】鉄とガラスからなるグリッドシェルの形状デザイン手法の開発
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20240723140000.html
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