HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報660号(2025年1月 7日)

教養学部報

第660号 外部公開

<駒場をあとに> 乳酸、陸上、グランド、ほどほどに継続してきました

八田秀雄

image660-3-1.png 私は採用されたのが一九八八年、昭和最後の年でしたから、昭和から令和まで教員として駒場にいることになります。その間、身体運動科学教室は当初前期課程だけの教室だったのが、大学院を持ち、そして後期課程統合自然科学科でのコース化もなりました。東大スポーツコンパスもできましたし、今後の発展を祈ります。一方自分自身を振り返れば、大学だけでなく住んでいる場所もほぼ同じ、大きなこともなく同じような日々を三十七年間続けてきたとしか言いようがないので、我ながら呆れます。唯一波乱だったのは五十一歳になって、会ったばかりの女性と二ヶ月で婚約五ヶ月で結婚、くらいでしょうか。

 大学入学時には自分がいわば体育の先生になるとは思っていませんでした。しかし教育学部の体育学健康教育学科に進学したことから、結局運動生理学の研究者となり、特に乳酸に関する研究を大学院生の頃から継続すると共に、実技も担当する教員になりました。大学院時代の一九八六年に最初に書いた総説を引っ張り出してみると、今と同じように「乳酸は疲労物質ではなく、乳酸で疲労しているのではない」と書いてありました。結局手を替え品を替えながら、同じことをほぼ四十年間言い続け書き続けたということになります。動物実験中心でやってきましたが、この十年くらいは陸上選手関係を中心にヒト実験もやってきました。二十年前にJRA競走馬研究所とサラブレッドの乳酸研究が始まってこれも今まで続きました。ただしそのおかげで、週末はよく競馬場に行って馬券の研究もするようになってしまいましたが。今や乳酸は、以前の疲労の素で悪者という認識から、疲労を防ぎ、トレーニング効果を高め、さらに脳の機能高進にも関わるというように認識が変わってきたのは、喜ばしい限りです。

 こうしてずっと同じことを続けてきたというと、一心不乱に努力してきたかのように思われるかもしれませんが、自覚的にはそんなことは全然なく、むしろ大した努力もせずほどほどに続けてきた、というのが本音です。日々しっかり研究を進めていくことは大事ですが、それは努力というほどのことでもないと思います。私は高校の時にはバレーボールをやっていて関東大会まで行けましたが、結構根性バレーでした。その時にスポーツも合理性が必要なことを逆に学びました。大学受験では、自分なりにトコトン勉強し合格はできましたが、武道館での入学式が終わった時にこれから頑張るぞではなく、なんか疲れたなあ、という気持ちだったことを覚えています。この高校時代の経験もあってか、表面的に「努力する!」というのが嫌になっていったようです。また日本でよく言われる努力というのは、長時間取り組むという意味合いが多いように思います。つまり質より量です。しかしトレーニングの科学で考えてみると、量もある程度は大事だが、やはり大事なのは質です。そんなことで、私は研究でも日々の暮らしでも、一般に言われていることにこだわらず、ほどほどの自分なりのやり方で合理性は求め、教育も研究もそして会議も効率よく短時間で終えることに努め、それでも継続はして、波乱のない人生を送ってきたということになるでしょうか。その中で、人のあまりやらない研究を継続してきたということは、よかったのでしょう。

 学生時代から陸上部にずっと関わり、コーチ、監督を経て今は部長です。箱根駅伝に一九八四年の六十回大会で東大がチームで出場し、当時は大学院生でコーチだったのでその伴走車に乗りました。その後も学生連合チームで近藤君などが箱根を走りました。また、女子三段跳びの内山さんが全国優勝するなど、忘れ難い思い出が多くあります。やはり私のこれまでの駒場での日々の中で特に気にしてきたのは、陸上グランドである第一グランドの整備と維持でしょう。入学時には土のグランドだったのが、一九九四年に全天候化され、二〇一九年に走路改修をしました。五年ごとの陸連の公認競技場としての継続もやってきました。このグランドは一九六四年の東京五輪では練習会場となりました。そして今度の東京2025世界陸上でも、再び同じく投擲種目の練習会場となります。大会期間は駒場生活最後から少しはみ出ますが、うれしいことです。大会中お騒がせしますが、よろしくお願いします。駒場は講義棟が中心部にあり、周囲にグランドがあるという配置が、キャンパスの環境維持に大きく貢献していると思います。今後もこの環境をぜひ維持していただきたいと思います。

 これだけ平静な人生を送ってこられたのも、身体運動科学教室だけでなく駒場の皆様のおかげです。アドミニ棟の学生支援、大学院教務、広報や15号館理系事務室などをよくウロウロして雑談し失礼しましたが、お相手いただいた方々に感謝します。これですっぱりサヨナラで、週末の競馬場オヤジとなるべきところですが、世界陸上までもう少しウロウロさせていただくかと思います。長い間ありがとうございました。

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)

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