HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報660号(2025年1月 7日)

教養学部報

第660号 外部公開

<駒場をあとに> 黄色く燃え盛る銀杏並木の下で

森 芳樹

 このような機会をいただいて最初に思うのは、さまざまな方にお世話になったということである。まず、何事につけお世話になった嘱託や事務の方々にお礼を申しあげたい。ここまで務めあげられたのも、嘱託や事務の方々の、陰、日向でのご助力があったからに他ならない。異動されて何年も経ってから別の会議でご挨拶いただくこともある。お世話になった当方がご挨拶いただくのだから恐縮に思うが、これほど嬉しいことはない。

 それから、さまざまな形で係わった学生諸君にも、お礼を言いたい。東大の先生は学生を誉めることはあまりしないかもしれないが、僕が教える機会をもらった学生たちはとても優秀だと思った。希望に目を輝かせた前期生であれ、世の中に飛び出していく意欲に溢れた後期生であれ、熱い心で遠い道を歩きだした院生であれ、そういう人たちに向き合い、そういう人たちの輪の中にいられたことは、とても幸せだった。新しいことへの好奇心に満ち溢れていて、いつも前へ進もうとすることに熱心な人たちだったし、分からないことにへこたれない人たちだった。

 そして、諸先輩や同僚の先生方のお力添えがあったことは言うまでもなく、感謝の言葉を言い尽くすことはできない。事務的なことに限っても、カリキュラム改革のころに携わったドイツ語部会や外国語委員会の仕事、トライリンガル・プログラムTLPの立ち上げ仕事、卓越大学院構想の黎明期と重なったうえ、最後はコロナ禍への対応の準備に追われた専攻長の仕事と、それぞれの時期に垣根を越えて、いろいろな先生方のお世話になり続けてきた。青息吐息でもそういう仕事に向き合えたのは、先生方のおかげです。駒場の大きな大きなコミュニティーとそのパワーを感じながら、キャンパスでの時間を過ごしてこられたのは有難かったと思う。

 駒場では、こうした仕事も研究や教育にしっかりと結びついていると感じることができた。熱い議論をしながら作り上げたドイツ語の共通教科書は、「小さくなった」地球でドイツ語を学ぶ意義を問い直した一冊になったと思う。第一回のTLPの学生を引率してドイツまで出かけたのも楽しい思い出だし、コロナ禍下のオンライン授業でさえ、多くの他学部の学生たちと知り合うきっかけにもなった。さらに院生たちを連れて理論言語学のさまざまな国際会議に臨み、世界中の研究者たちと議論を戦わせることもできた。とくにケルン大学とは毎年のように国際会議を企画することができた。昨年は、ドイツ(語圏)とドイツ語の言語学が現代的な社会問題とどう向き合うかについて「ドイツ言語学と今日的社会課題」と題した連続講演を企画し、第一線のドイツ語言語学者たちに講演してもらった。世界中から多くの参加者を得ることができて、企画した当人にも嬉しい驚きだった。このほか、ライプニッツ・ドイツ語研究所の国際学問顧問を務めさせていただいたり、ドイツからJacob- und Wilhelm-Grimm-Preisをいただいたりしたことも研究の励みとなった。

 とはいえ、研究上のやりかけの仕事はまだまだあると思っている。ようやく落ち着いて勉強ができるとこの時期に呟いておられた、先輩の先生方の顔が思い浮かぶ。専門の話になってしまうが、理論言語学と認知言語学の関係を再考することについても、意味論を文脈や状況といった脈絡の中で定位することについても、そしてドイツ語の言語学とドイツ(語圏)の言語学を両輪とするドイツ語言語学を、日本語をはじめとした東アジアの言語とヨーロッパの言語との対比の研究の中に埋め込むことについても、やりたいことは山積みの状態だ。この先どのくらいやり続けられるのか、まだ自分に何ができるのかと、こういう機会にはあらためて考えさせられてしまうが、とりあえずこの文から「この先、まだ」を取り去ることから始めよう。立つ鳥もそれなりに大変だと今ごろになって理解しかけているのだが、何をしようかと想いを巡らすことを楽しみとし、跡を濁さず旅立つことができればと思っている。駒場の、そして皆さまそれぞれの明るい将来と益々のご発展、ご多幸をお祈りして。

(言語情報科学/ドイツ語)

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