HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報661号(2025年2月 3日)

教養学部報

第661号 外部公開

<駒場をあとに> 盆暗な窓際族

松村 剛

image661-2-1.png 長い間、多くの方々にお世話になりました。総務課人事チーム、職員チーム、広報・情報企画チーム、教室事務チーム、経理課経理チーム、研究支援チーム、用度チーム、教務課前期課程チーム、後期課程チーム、大学院チーム、学生支援課、図書課、博物館の皆様にも、専攻と部会の助教と事務担当者、守衛の方々にも、初歩的なことすらわからず迷惑をおかけするばかりでした。あらゆる場面で助けていただいたことを深謝申し上げます。

 他方、博覧強記で八面六臂の働きをなさる同僚諸氏は、研究・教育・実務・社会貢献のいずれでも役立たずの鈍物を苦々しく見ておられたでしょうが、窓際族を許容して下さったことを有難く思っています。世界の変化に伴い従来の鷹揚さが大学に許されない時代に入り、盆暗を放任する余裕はなくなりつつあるとはいえ、現在のスタッフも教授会で紹介される新任の方々も、内外の学界を牽引する傑物揃いのようですから、変革期にも本学が発展し続けることに不安を抱く人はいないでしょう。皆様が激務で殉職なさらぬよう願うばかりです。

 振り返ってみれば学生時代から大勢の先生にお世話になってきました。阿部良雄、荒木昭太郎、井村順一、加藤晴久、小林善彦、滝田文彦、竹内信夫、冨永明夫、新倉俊一、芳賀徹、蓮實重彦、支倉崇晴、モーリス・パンゲ、平川祐弘、福井芳男、保苅瑞穂、宮原信、森本和夫、アラン・ロシェ、渡邊守章といった強烈な個性の方々から薫陶を受け、卒業後も指導を賜ったのですから恵まれていました。非常勤講師の石井晴一、稲生永、二宮宏之、三保元といった先生方が、旺盛な好奇心こそ実りある人生の原動力であることの手本を示して下さったのも大きな糧でした。もっとも、幸運を充分に活かせずに今に至るのですから猫に小判と言わざるを得ません。

 前田陽一先生の功績をうかがう機会もありましたが、このパスカル研究の泰斗が日本学士院賞を受賞なさったと聞いても学士院と学士会の区別さえつかず、アカデミー・フランセーズの最高の賞であるフランス語圏大賞を受けられた時も、フランス語・フランス文学顕揚賞とどう違うか知らなかったことを思い出すと、無知とは恐ろしいと実感します。

 『教養学部報』には、毎年四月に「辞典案内」が掲載されます。かつては学部の新入生向けの特集だったようですが、近年は性格を変え、それぞれの言語に関心を持つ人なら学生でも教師でも誰もが知っておくべき基本的な道具を簡潔に紹介するコーナーになり、参考になることが多々あります。古仏語を勉強していた私にフランス語の担当が回ってきて数年間書かせていただいた機会に、ヴァルトブルクの Französisches Etymologisches Wörterbuch(フランス語語源辞典。全二五巻)を挙げることができたのは嬉しい限りです。愚見では、この辞書を批判的に使いこなさずには近現代の言葉の理解すらおぼつかないからです。

 そのコーナーで推薦した学習用仏和辞典二点のうち、『プログレッシブ仏和辞典』第二版についてこの場を借りて補足すると、畏友木村哲也氏が指摘した通り、この辞書は初版の特色が第二版で薄れ、冠詞の使い方など実際の運用と理解に必須の要素、初心者だけでなく大学院生や教師にも必要な要素が例文を見ても判然としなくなってしまいました。古書店で初版を入手して第二版と対照すると、主幹の大賀正喜先生が強調なさった点が理解できるに違いありません。類本と比較すれば多くの項目で記述に差があることが見てとれるでしょう。辞書が改訂されると収録語彙数が増えたなどの宣伝に踊らされ、進歩したと素朴に信じがちですが、必ずしもそうではない例がここにあるようです。「辞典案内」では流通している版を優先させなくてはと考えたのは浅薄でした。何事も自分の目で確かめるべきであるという基本姿勢を忘れてはいけないと改めて反省する次第です。

(言語情報科学/フランス語・イタリア語)

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