HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報661号(2025年2月 3日)

教養学部報

第661号 外部公開

<送る言葉> 大石紀一郎先生を送る

川喜田敦子

 大石先生に初めてお会いしたのは一年次にドイツ語二列でお世話になったときのことである。JTBが外国旅行者向けに出していた『ひとり歩きのドイツ語自由自在』を教科書として使い、旅先での様々なシチュエーションに必要な会話の表現を学ぶ少人数授業であり、二人組でドイツ語会話を準備して発表する活動も組み込まれていた。当時は高校までの英語教育でも生徒のアクティヴィティを取り入れたコミュニケーションの授業はほとんど経験してきていなかったため、実に新鮮な思いがしたことを覚えている。

 私は、入学当初は、西洋古代史か教育学を学ぶつもりであり、将来の進路としては中高の教員を考えていたため、これほど長く大学に残り、ドイツ研究の道に進み、大石先生を送る言葉を教養学部報に書くことになろうとは、当時は想像もしていなかった。

 この状況に立ちいたった原因の少なくともひとつは、しかし、まさしく大石先生にある。ドイツ語Ⅲ列の最後の授業で、進学先の選択に話が及んだ際に、ドイツ語を活かしたいならば教養学科の「ドイツ科」(現在の「ドイツ研究コース」)がよいのではないかと言われたことがきっかけで進学を決めたからである。

 学部時代に大石先生に一番お世話になったと言えば、大石先生が隔年で企画・実施されていたドイツ研修旅行であろう。私は、一九九五年春に参加し、ゲッティンゲンとベルリンのゲーテ・インスティトゥートでドイツ語の授業を受けた。ちなみに、このときの研修旅行では山﨑彩先生(言語情報科学専攻)とご一緒した。その二回前には前島志保先生(超域文化科学専攻)も参加なさったとうかがっている。全国のこの世代の大学教員のなかには、駒場時代に研修旅行で大石先生にお世話になった者が意外にいる。

 この研修旅行の最中、東京で地下鉄サリン事件が起こり、ドイツでもかなり話題になったことが私は印象に残っているが、大石先生によれば、研修旅行中に参加学生の一人がタクシーに乗っていて追突されるという事件が起こり、数々の研修旅行のなかでもあれほど胆を冷やしたことはなかったとのことである。自分自身も教員になり、TLPドイツ研修を経験して、ようやく引率教員の苦労が少し分かるようになった。大変な思いをなさりながら、駒場のドイツ語履修者のために長く研修旅行を企画しつづけてくださったことについては本当に頭の下がる思いでいる。

 大学院進学後は、専門が離れたために大石先生の授業に出ることはなくなったが、書籍をお借りしたり、講演会で通訳に使っていただいたりと何かと心にかけていただき、二〇二〇年に駒場に戻ってきた後も、コロナ禍のオンライン授業についてご相談したりなど、お世話になりどおしである。

 受けたご恩を返しきれたとはとても思えないが、今後も、前期課程で文系のクラスを担当するときには、最後の授業で、「ここまで頑張ったのだから、ドイツ語を研究に活かすことを考えたいですね、ドイツ研究コースも進学先の選択肢に入れてみたら?」などと言いながら、大石先生のことを思い浮かべることになるのだろうと思っている。

(地域文化研究/ドイツ語)

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