HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報661号(2025年2月 3日)

教養学部報

第661号 外部公開

<駒場をあとに> 輝ける時

後藤春美

image661-5-1.png 私は早生まれなので、一八歳と一ヶ月強で文科三類に入学した。大きな鞄を肩にかけ、正門から走る女子学生を見ると、自分もあのような感じだったのだろうと頬が緩む。その後、出入りはあったものの、大学院博士課程まで、および教員として、約四半世紀駒場に通ったことになる。

 学部生の頃の駒場は、今よりもっと「男ばかり」だった。朝ドラ『虎に翼』を視て思い出したのだが、私たちの頃も授業と授業の間に利用できる女性用トイレは二箇所しかなく、戦略的に動線を考えて移動する必要があった。体育の授業に向けての更衣室もなく、トイレで着替えたものである。雨で床が濡れた日は哀れなものであった。

 大学院では地域文化研究専攻イギリス科に進んだ。コモンルームにはソファやお茶があり、先生方は真にジェントルメンだった。

 留学ではイギリスのオクスフォード大学大学院に学んだ。最初の一年間、一対一でチュートリアルをしてくれたのは、とても若い女性の先生だった。ロール・モデルということで言えば、彼女が私のそれとなった。また、友達になったイギリス人も女子学生が多かった。日本に比べればすでに女子学生比率は大分高かったのだが、大学に職を得るという点から見れば、当時のイギリスの状況が良かったとは言えない。最初の任期付き職を得られても、次に続かないなど困難があった。男性の場合、留学先で得た友人関係が後々までアカデミックなネットワークとして維持されることが多いように見受けられる。しかし、私の場合ほとんどは、イギリスの日常を共有する関係として続いた。

 イギリスでは、一九三二年の上海事変に至る時期の日英関係史について博士論文を書き、赤と青のガウンを身にまとうことができた。当然のことながらイギリス関係の史料、本はいくらでも手に入った。オクスフォード大学の図書館にはイギリスで出版された書物がすべて収められることになっていたから、借りて自分の部屋で読めるか読めないかは別として、本がない、ということはなかった。

 日本に帰国後は、そういうわけにはいかなかった。最初に職を得たのは、それなりに大きな国立大学であったが、それでも、大学間の相互貸借に頼ることが多かった。自由に海外に行ける状況でもなく、イギリスの史料のみを使う歴史研究は難しいと感じた。

 そこで取り組み始めたのが国際連盟、特にその社会人道面での活動に関する研究であった。国際連盟は自らの活動に関し、多くの記録を活字にして加盟国に送っていた。日本は連盟の常任理事国であったので、それらの活字記録は容易に日本国内で手に入った。また、国際連盟の本部がジュネーヴにあり、日本からはフランス語畑の外交官が関わったため、連盟はフランス語という誤解を持っている人もいたようだが、フランス語と並んで英語も連盟の公用語であり、英語だけでも研究にほとんど不自由はなかった。

 国際連盟は平和の維持に失敗したため、長く無視されていた。そのため、私が研究を始めた九〇年代後半には、ほとんど研究が行われていなかった。しかし、史料を読んでいくと、連盟は経済社会人道面で多くの活動を展開し、東アジアとも関わっていたということがわかってきた。そして、幸いにも、ジュネーヴにある国際連盟史料館の整備も進み、二一世紀に入ると海外においても同じような研究をする人が現れ始めていた。

 二〇〇九年に駒場に戻る少し前には、昨年度末で定年になられた酒井哲哉先生が『近代日本の国際秩序論』を上梓され、国際社会科学専攻の先生のもとには国際連盟や国際機構史に関心を持つ大学院生が集まることとなった。私も酒井先生や川島真先生などのコミッティに入れていただき、多くの院生たちの論文を読むこととなった。プロポーザル、リサーチ、ファイナルと三段階のコロキアムを経るにつれて論文は優れたものに仕上がっていく。その過程で先生方のコメントを聞き、優秀な院生とともに考える機会は、私にとって刺激にも勉強にもなった。

 『岩波講座世界歴史』二〇巻に「展望」として「世界大戦による国際秩序の変容と残存する帝国支配」を書く機会を与えていただいたことをきっかけに、現在は、国際社会の境界、国際主義と帝国主義、さらには平和の模索といったテーマに関心を持つようになっている。前期英語部会で教養英語教科書作成班に参加させていただいた際、このテーマに関連するテキストを推薦し班の先生方に検討していただいたのも、忘れがたい思い出である。

 これまで同僚の皆様、職員の皆様には温かくお付き合いいただき、学生さんたちにはエネルギーをもらった。心よりお礼を申し上げたい。恩師であり前任者である木畑洋一先生はじめ、お世話になった先生方は依然ご活躍中で、私はこれからも先生方を目標にしていこうと思っている。今後も時には図書館を使わせていただこうと考えているので、お目にかかった際には引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

(国際社会科学/英語)

第661号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報