HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報661号(2025年2月 3日)

教養学部報

第661号 外部公開

<駒場をあとに> 30年超えの定点観測

深津 晋

image661-6-1_1.png 扉を開けるとそこはほぼ倉庫だった。初の出勤日、まだ健在だった4号館(5号館の北側、現在は砂利の空き地)でのことだ。うず高く積まれた物をどけると大振りの机が現れた。活字でしか見たことのない大先生の直筆サイン入りだ。ありがたく受け継いだものの、中央が沈んで天板全体が反っている。永年の激務でこうなるのだ、と妙に納得しつつも使いにくいというだけの理由でよく考えずに新調してしまった。時は流れて三十年が経った。はたして机は平らなままだ。修行が足りなかったか。そこで初めて件の机は木製だったことに気がついたのである。

 ところでこの駒場キャンパスに来てから不思議と刺さることばができた。資格面積。いい響きだ。が、正しい用語かどうかは知らない。着任時点で調整がつかず、プレハブの一角を実験室に充てがわれたのがきっかけだ。これで漸く事態が呑み込めた。キャンパス西端には16号館という研究棟がある。この第Ⅱ期工事に向けた作業が、着任前の自身に降ってきていたからだ。それは「研究環境は自ら創れ。」とのメッセージに他ならなかったのである。

 駒場の記憶が万事この調子ではないが、鼻からそれなりにインパクトはあった。そもそも学部長から辞令を受け取った記憶がない。教授会での新任挨拶も憶えていない。不良職員である。

 そのような私が、無事(?)に今日を迎えられたのも教職員、学生(巣立った諸君も)を含め、学内外問わず数え切れないくらい多くの方々の支えがあったからにほかならない。研究・教育・運営で自身に何ができたのか明確に語れないのとは真逆で、それこそ言葉に表せないほどお世話になった。だれもがいつも協力的で、自身のわがまま、無理難題を随分と聞き入れていただいた。枚挙に遑がないが、どの担当・チームが欠けても仕事はできなかっただろう。全ての方に直接、お目にかかってお礼を申し上げること、ご恩に報いることも叶わないが、この場を借りてこれまでのお力添え、ご厚情に改めて感謝したい。

 振り返れば、教養学部時代から本郷・六本木で修行の後、一九九四年にこの地に戻って以来(一九八七年に現在の駒場Ⅱリサーチキャンパスに着任したが、地続きを加味すれば)、中抜けで四十年。人生の六割強を定点近傍で徘徊し続けたことになる。

 すっかり様変わりしたもの、当時のままのもの。隠れ環境委員としては感慨深い。猛禽類や節足動物を見かけなくなる一方でハクビシンが闊歩する。グランドカバーよろしく外来植物が幅をきかせる中、東西のヒマラヤスギ、ケヤキの巨木たち、並木のイチョウは、ブレない主張で存在感を増した。が、もちろん周囲の環境ばかりではない。

 言うまでもなく駒場は入学したての学生を身近に感じられる学内唯一の聖地である。着任当時は、大学院重点化で駒場の理系を発信するのに懸命だったし、大きな変化が続く中、心休まる瞬間が少なく、彼らと時空を共有することを義務ならぬある種の特権とまで感じられるようになったのはつい最近のことである。

 三十年かかったが、そのような駒場生にかかる以下の考察を退任にあたっての最終報告として謹んで提出したい。お目通し願えると幸いである。

── (ここから) ──
経験則1「超世代的に不変」
 三十年間の理科の入学者に一定の傾向を見た。図1は講義に関係した量の時間発展である。季節感(初年度の夏はスれてない)は出るが、似たりよったり。「祭」「休」前後では急激な変化が起きる。終盤の上昇理由はほぼ自明か。他方、図2は素◯の分布である。この双極化した状態を単峰にして◯◯則を適用、は無理筋にも思える。事前に内側に働きかける必要性を感じる。

経験則2「植物にも似たり」
 図3は、学生の特性の模式図である。横軸は、教員から学生への「期待・働きかけ」、縦軸は、学生の応答で「背丈・達成度」。つまり応力歪曲線。無理に引っ張っても伸びない。学生が「自分で伸びるのをじっと待つ」しかないようだ。教員ができることといえば、「誘引」即ち「向きの制御」だけか(3参照)。因みに自分は植物の栽培が下手だ。

経験則3「つまるところ長さ」
 図4は学生の成長を表す。向きは「興味の種類・傾向」、長さは「入れ込み度合い・熟達度」である。白の「学生の本分」領域でなるべく遠くへ、と期待しても、放っておくと好き勝手な向きに伸びる。大いに結構。むしろここで重要なのは(社会に許容される範囲で)向きは問わず、できるだけ大きな動径つまり「人並み以上」の経験。後は、誘引して「本分」の向きに巻き付いてくれれば、必ずや力を発揮してくれる、と期待してよい筈。
── (ここまで) ──

 法則への格上げに必要な追加検証の時間もないが、ご意見等頂けると幸甚である。

 今後は、駒場の発展をキャンパスの外から見守りたい。長い間、お世話になりました。

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(相関基礎科学/物理)

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