教養学部報
第663号
「給水おじさん」が語る箱根駅伝と世界陸上
八田秀雄
新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私は身体運動科学研究室の八田です。といってもこの記事が出る時には、私は定年退職しており授業も担当しません。その私がなぜ書いているのかというと、今年の箱根駅伝で「給水おじさん」として話題になったからです。これを記録に残すということもあって、執筆依頼が来ました。その箱根駅伝を振り返るとともに、今年九月の世界陸上についても説明します。
今年の箱根駅伝では、チームとしては出られなかった選手による関東学生連合チームで、8区を工学部三年の秋吉君、9区を総合文化研究科博士四年の古川君が走りました。古川君は身体運動科学の大学院生で、彼からの依頼で私が給水係を横浜駅前でやることになりました。8区と9区をつなぐ戸塚中継所では、東大としてはチームとして出場した一九八四年以来四十一年ぶりのタスキリレーになりました。その時私はすでに横浜駅前で待機中でしたが、周りから教えてもらって感激しました。私の周りの給水係は細い体型の現役長距離選手ばかりの中で、白髪長身の私は目立っていたようです。タスキリレーから45分後に、いよいよ古川君が横浜駅前に走ってきました。決まりに従って、私も水とスペシャルドリンクのボトル二つを持って並走を始めました。事前の打ち合わせでは水だけのはずが、スペシャルドリンクもというサインが古川君からあり、どちらも続けて渡しました。そして最後に古川君の後ろ姿に向かって「ファイトー!」とか、何を言ったか覚えていないのですが三度激励の声をあげ、思わずガッツポーズになっていました。それがテレビに映っていたというのは私には全く分かりませんでした。終わってホッと一息していたら、たくさんメールが来始めて驚きました。教養学部ウェブサイトの教員一覧から私のことをみたのが一万件を超えていたりだったようです。二十九歳大学院生が走って六十五歳教授が給水するということで、その意外性が面白かったのでしょう。それが多様性の大事さを示せたとすればよかったなと思います。私にとっては定年前のご褒美のようなものでした。
さて走った二人も練習しているのは、駒場の陸上競技場である第一グラウンドです。このグラウンドは全天候舗装された日本陸連公認グラウンドで、最初昭和十年代の一高移転によってできたものと思われます。昭和十四年にはここで陸上日本選手権が行われています。近年の陸上競技場は、周回すると直線が80mでカーブが120mであることが普通です。ところがこのグラウンドは、その頃の慣例だったのでしょう、直線が90mでカーブが110mになっていて、少しカーブがきつくまた横長の競技場になっています。
今年九月十三~二十一日に、東京2025世界陸上があります。この大会のメイン会場である国立競技場には、ウォーミングアップのできる補助競技場がありません。そこで国立競技場に一番近い代々木公園競技場がトラックや跳躍種目、次に近いこの第一グラウンドが、投擲種目のウォーミングアップ会場として使われることになりました。投擲種目は危険なことから、補助競技場をトラック種目とは別にすることは、よく行われています。そこで第一グラウンドも世界陸上対応が必要になり、例えば砲丸投げはこれまで16mまでしかピットがありませんでしたが、世界のトップ選手は23m投げるので拡げました。また回転投法を行う選手が多いので、サークル表面を磨いてもう少しツルツルにする工事を予定しています。私は主催者側と大学との調整役をしているので、駒場にはまだ残ります。九月になるとグラウンド周辺はセキュリティ対応で入れなくなりますが、裏門から正門方向への通行は通常通りできます。
実は一九六四年の東京五輪でも、同じく駒場が投擲種目の練習会場として使われました。その前年に、当時としてはウェイトトレーニング専門ということで画期的だったトレーニング体育館ができ、五輪の選手が使いました。その跡地に建てられた19号館が、今度の世界陸上では選手の待機所などに使用されます。今、野球場やラグビー場周りには多くの桜がありますが、その一部はこの一九六四年東京五輪に協力したお礼に、東京都からいただいたということです。
駒場キャンパスの地図を見ると、中央部に校舎が並んでいて、周囲をグラウンドが取り囲むような配置になっていることがわかります。一高移転当初から、こうなっています。この配置が、駒場キャンパスが渋谷から近い場所にありながら、緑の多い環境がこれまでずっと守られてきた理由の一つになっていると思われます。これからも第一グラウンドなどの運動施設が、キャンパスの環境維持にも貢献し続けて欲しいものです。新入生の皆さんも、運動部の練習であれ、健康増進の運動であれ、世界陸上でも使われるようなこの駒場の恵まれた運動施設と、緑の多い環境をぜひ活かしてください。
(生命環境科学/スポーツ・身体運動)
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