教養学部報
第663号
〈後期課程案内〉教養学部統合自然科学科 統合自然科学科へ進もう
統合自然科学科長 酒井邦嘉
https://www.integrated.c.u-tokyo.ac.jp/
「サイエンスは一つのものです。物理学をやるにしても、他の多くの部門の知識が必要です。自分の専門以外のことをちっとも知らなかったために、回り道をしたりして、つまらぬ損をすることは少なくありません。けっしてフィールドを狭くしてはいけません」
これは、夏目漱石の愛弟子だった寺田寅彦(物理学者、文学者)の言葉です。私はこの言葉にどれほど勇気づけられたか計り知れません。型通りの学科紹介では面白くないので、少しだけ自分のサイエンス遍歴を書いてみます。
駒場の一年生だった私は理学部の物理学科に進みたいと思っていたのですが、年が明け、ふと生物学に対する好奇心が湧いてきました。自然界にいくらでもある水素・炭素・窒素・酸素原子がDNAやタンパク質となり生命を生むとは、なんと不思議なことでしょう。物理の精神で生物学を研究したら面白いように思ったのです。ほどなく「生物物理学」という分野があることを見つけ、駒場と本郷にいらっしゃる先生方を訪ねて話を伺いました。
物理学科に進学してからは、堀田凱樹先生のもとでショウジョウバエの分子遺伝学を学び、分子生物学の基礎を築いたのはフランシス・クリックをはじめ多くの物理学者だったと知りました。そのまま大学院の物理学専攻に進んだのですが、修士課程が終わる頃から「脳」に興味を持つようになりました。脳は同じタンパク質から成る組織なのに、なぜ記憶したり考えたりできるのだろうと、次々と疑問が湧いてきます。
幸い堀田先生が私を医学部の生理学教室へ「里子」に出してくださり、ニホンザルで長期記憶の脳研究を一から始めます。その苦労が実ってNature誌に論文が出たのもつかの間、今度は人間に興味が出てきました。そこで医学部の助手になってすぐに、MRIを使った脳機能計測を日本で最初に始め、ボストンに留学して本格的に言語学を学びました。これで「言語脳科学」という新たな分野を開拓する準備が整ったわけです。
一九九七年に駒場に赴任したときは認知行動科学(学科の母体となった生命認知科学科の心理学部門)に所属し、また異動となって物性科学(こちらも学科の母体となった基礎科学科の一部)に移り、今では新入生向けの初ゼミ「相対論について考える」などを担当しています。
以上の遍歴と似たことを大学で正式にやろうとしたら、たいへんなことになるでしょう。理学部をいったん退学して医学部に入り直し、さらに文系の言語学科や心理学科に「文転」した後、再び物理に「理転」するわけですから!
それでは、既存の分野に飽き足らず、サイエンスの境界領域に興味を持ってしまったみなさんは、どうしたらよいでしょうか。
その答えは簡単です。迷わず統合自然科学科に進学してください‼
統合自然科学科には五つのコースがあります。「数理自然科学コース」「物質基礎科学コース」「統合生命科学コース」「認知行動科学コース」「スポーツ科学コース」です。数理からサイエンスまで、そして素粒子から人間まで、同じ学科に居ながらにして、広く、しかも深く学べるのです。多様なカリキュラムが整っていますから、専門性追求型はもちろん、分野横断型の履修も可能です。詳しくは、ウェブページのヘッダー「EDUCATION教育プログラム」と「ADMISSION進学希望の方」(特に「コース紹介」)を見てください 。
また、「駒場サイエンス倶楽部」という軽食付きのランチョンセミナーを定期的に開いていますので、参加をお待ちしています。私はこの学科が誕生した二〇一二年に広報委員を務めていて、このセミナーを命名しました。東野圭吾さんの小説『探偵倶楽部』が頭に浮かんだのがきっかけでした。
結びに、駒場キャンパス3号館で初めて研究室を立ち上げられ、二〇一六年のノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典先生の言葉を紹介しましょう。統合自然科学科の本拠地である15・16号館の前に、次の言葉を刻んだ石碑(写真)が置かれています。
「観る楽しさ 知る喜び 解く歓び」
これぞサイエンスの醍醐味ですね。進学されたみなさんとご一緒できることを楽しみにしています。
(統合自然科学科長/相関基礎科学/物理)
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