HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報663号(2025年5月 7日)

教養学部報

第663号 外部公開

〈後期課程案内〉経済学部 不確実性に満ちた世の中を経済学で考えよう

経済学研究科長・経済学部長 粕谷 誠

https://www.e.u-tokyo.ac.jp/

 東日本大震災で多くの人命と財産が失われましたが、アベノミクスと異次元の金融緩和の効果もあり、株価が上昇し、景気回復の兆しが見え、いよいよオリンピックだといっていたところに新型コロナウイルス感染症が発生しました。ロックダウンがおこなわれ、オンラインの授業や講義、在宅勤務が普及しました。コロナ禍もようやく終息し、普通の暮らしに復帰できるかと思っていたところ、ウクライナ戦争が勃発しました。ベルリンの壁の崩壊でロシアの人達がマクドナルドのハンバーガーを食べ、コーラを飲み、飛行機がロシア上空を飛べるようになり、日本と欧州が近くなったというのが東西冷戦終結の一番分かりやすい効果でしたが、それらはなくなっていきました。アメリカは以前から中国との競争を意識し、半導体などの国産化を進めていましたが、トランプ氏が大統領に就任すると公約通り関税が引き上げられ、各国が報復関税を実施するという貿易紛争が現実のものとなっている一方、ウクライナに圧力をかけてウクライナ戦争に和平をもたらそうとしています。そして気候変動のパリ協定からの離脱も表明しています。

 この十五年くらいを振り返ってみると、予想もしなかったような事態にずっと振り回されているような感覚を覚えます。シカゴ大学のフランク・ナイトは、どの位事象が起きるか分からない不確実性をそれが分かっているリスクと区別しました。気候変動で災害が大規模化し、増えていけばリスクが上昇し保険料が上昇しますが、保険でカバーできます。それでは不確実性に経済学はどのように立ち向かえるのでしょうか。関税の影響では、「関税は輸出国が支払うので、輸入国は豊かになる」といった言説がときどきみられますが、輸出国が関税分を価格に上乗せすれば、輸入国が関税を負担することになります。どのくらい価格に上乗せできるかは、価格が上昇してどの位消費が減るかに依存することになります。経済学は関税の効果に冷静な考察を加えられます。

 またトランプ大統領はウクライナに和平交渉入りを促す際に、「ウクライナは交渉のカードを持っていない」といっていました。一見、経済学とは全く関係ないようにみえますが、こうした交渉についてはゲーム理論が大いに役に立ちます。そしてゲーム理論は経済学において近年ものすごい勢いで発達しています。交渉当事者が協力すれば双方にとってよりよい結果が得られるのに、協力できないのはなぜか、どうしたら協力できるようになるかなどについて分析できます。アメリカとソ連という二者から、アメリカ・ロシア・中国という三者になることで、ゲームが複雑になったことは二位・三位連合があること一つをとっても容易に理解できます。気候変動条約で百を超える国が協力することは至難の業でありますが、協力を促すしくみを考えることは重要で、ゲーム理論が重要なツールになります。また経済学は価格を通じて資源を分配することを主として考えてきましたが、ゲーム理論により、価格を通じない資源配分も考えることができるようになりました。一番わかりやすい例では、進学希望の学生と進学を受け入れる学校の間で、どんな学生が欲しいか、どんな学校にいきたいかの希望を出して、それを最適に配分することができます。これはマッチングといいますが、東京大学の進学先選択の第二段階では、マッチング理論にもとづくアルゴリズムで進学先が決まっています。さらには希少な資源を入札にかけて売るときにどのようにおこなったら最も効率的なのかを考察するオークション理論という分野もあります。みなさんもネットオークションで落札したことがあると思いますが、サイトの背後ではこうした理論が用いられています。経済学研究科には、東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)があり、保育所の待機児童削減など実践的な問題を解決しつつあります。

 経済学部ではさらに、世界に広がるサプライチェーンが地政学的要因によるリスクを回避するためにどのようにマネジメントすべきなのか、あるいはデジタル化とAIの進展に企業はどう対応すべきなのかといった企業の視点から考察していく経営学の分野があります。また今日の状況はそれまでの国際協調からブロック対立に移っていった戦間期の時期に似ているようにもみえますし、イギリス・フランス・ドイツ・ロシア・アメリカなどが勢力圏と緩衝地帯を求めて争っていた十九世紀の時代に似ているようにもみえますが、経済現象を歴史的に考察していく経済史の分野もあります。多様な関心に従って勉強できるのも経済学部の魅力です。最後に経済学部では授業を聞くだけではなく、少人数で教員と議論し、学んだ理論を生かし、自分で使ってみて、発信する演習が充実しています。

 学生の皆さん、ぜひ経済学部で一緒に勉強しましょう。

(経済学部長/経営史)

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