教養学部報
第664号
<時に沿って> 出会うべきものに出会うべきタイミングで出会えたこと
井上一希
はじめまして。二〇二五年四月より、総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系の助教として着任いたしました、井上一希と申します。授業は教養学部の前期課程の基礎化学実験を担当いたします。どうぞよろしくお願いいたします。私は昨年度まで本専攻の博士課程に在籍しており、引き続き駒場キャンパスでの生活になります。慣れ親しんだ環境で本年度も引き続き研究できることを非常にありがたく存じます。
私の専門分野は分子分光学で、凝縮相の中でも特に液体中の分子の構造やダイナミクスに注目した研究をおこなっています。対象となる物質に光を当てると、光と分子が相互作用することで吸収や放出、散乱といったさまざまな現象が生じます。これらの現象によって生じた光を分光器で分光し、検出器を用いてスペクトルを取得します。このようにして得られたスペクトルを解析することで、分子の構造やダイナミクスを知ることができます。
この分子分光学においてSpectra are letters from the molecule(スペクトルは分子からの手紙)という有名な言葉があります。代表的な物質として水分子を例に挙げると、その大きさはたったの0.38ナノメートルであり、これは虫眼鏡や光学顕微鏡をもってしても我々の目では直接見ることのできないくらい小さな世界であることがわかります。しかし、そのような非常に小さく目に見えない世界であっても、分子分光法を用いることでその世界の様子が手に取るようにわかる、この点が分子分光学の一番の面白さであると感じています。
とはいっても、私は最初からこの分野に興味があったわけではありませんでした。大学は化学系の学科でしたが、最初から分子分光学や物理化学に興味があったわけではなくて、むしろ物理化学分野に関しては物理や数学の知識が必要なこともあって大学入学から長いこと苦手としていました。しかし、大学院入試のタイミングで全分野をもう一度学び直したことで物理化学、特に分子分光学の面白さにようやく気づくことができました。面白いと思えるものがどのようなもので、いつそれに出会えるのかわかりませんが、私は出会うべきものに出会うべきタイミングで出会えたから、今もこうして面白いと思える分野で研究を続けられているのだと感じています。
自分が好きな分野に出会えたことと、今年度からも引き続き私自身が好きな分野でのびのびと研究することができるこの環境に感謝をしつつ、より一層研究活動に邁進したいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(相関基礎科学/化学)
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