HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報665号(2025年7月 1日)

教養学部報

第665号 外部公開

<時に沿って> 時の流れに身をまかせ

越懸澤麻衣

image665-03-3.JPG はじめまして、二〇二五年四月に着任しました越懸澤麻衣です。大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コースに所属しています。

 私の専門は音楽学です。音楽高校から音楽大学へと進み、音楽漬けの学生生活を送りました。そのため、総合大学という環境にはいまだ多少の戸惑いを覚えます。けれども、構内に所狭しと並ぶ「立て看」(これ自体、私には新鮮な光景です)で、さまざまな音楽系サークルがあることを知り、東大の音楽人口の多さに驚いています。実際、音楽や楽器演奏が好きだという学生が多数、私の担当授業を履修していて、たいへん嬉しく思っています。

 私はこれまで、ベートーヴェンを中心に十八~十九世紀の西洋音楽、そして日本における洋楽受容史を研究してきました。「時に沿って」振り返ってみたいのですが、どうしてベートーヴェンに関心を抱くようになったのか、そのはっきりとしたきっかけは思い出せません。ともあれ、学部生の頃にベートーヴェンを研究しようと決め、卒論を執筆して以来、修論も博論もベートーヴェンをテーマに選びました。

 研究を進めるうえで私が重視しているのは、音楽を取り巻くコンテクストです。ベートーヴェンの作品がどのような状況のなかで生み出されたのか、音楽がかつてどのように鳴り響いていたのか、人々にどう伝えられ、どう受け取られてきたのか。そのような問いを解明するため、作曲家の自筆資料はもちろんのこと、各地で出版された楽譜、当時の雑誌や新聞、同時代人の日記や回想録など、さまざまな一次資料を精査してきました。とくに大きな契機となったのは、ドイツのライプツィヒに留学していた際、豊富な資料を有する図書館や古文書館へ毎日のように通い詰めたことです。十九世紀のドイツ人の、クレントと呼ばれる(慣れないと読みにくい)手書きの文字と格闘し、見終えたあとには指が黒ずむような古びた楽譜を次々にめくる日々。そんな経験を通して、一次資料の魅力に目覚めたのでした。

 帰国後は、ヨーロッパの資料にアクセスしづらくなったこともあり、日本の洋楽受容史にも目を向けるようになりました。当初は急に方向転換したと驚かれたものですが、私としてはやっていることは同じ、ただ対象が十九世紀のドイツから二十世紀の日本に変わったにすぎません。明治・大正時代の西洋音楽について、相変わらず古い楽譜や雑誌などをひもときながら研究しています。

 こう思い起こしてみると、音楽を本格的に学び始めた高校生の頃には微塵も想像しなかった経験をしてきたものだと感じます。そして今、ひょんなことから、また異なるテーマのプロジェクトが動き出そうとしています。今後の展開は未知数ですが、昭和の時代に歌われたように「時の流れに身をまかせ」、その時々で自分にできることを精一杯やる、そうすることで思いがけない刺激的な未来が開けてゆく......。そう信じて、これからも日々精進しようと思います。

(超域文化科学/ドイツ語)

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