HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報665号(2025年7月 1日)

教養学部報

第665号 外部公開

<時に沿って> きっかけ

加藤宏平

image665-04-2.jpg 二〇二五年四月一日付で広域科学専攻・相関基礎科学系の助教に着任しました加藤宏平です。二〇〇五年に東京大学教養学部理科一類に入学し、工学部物理工学科で博士を取得しました。その後は京都大学、大阪市立大学(現大阪公立大学)で職を得た後に、実に十八年ぶりに駒場に戻ってくることになりました。公募に応募した時は余り意識していなかったのですが、面接で久しぶりに訪れた時は感慨深いものがありました、学生達であふれかえっているキャンパスを眺めていると入学直後の高揚感を思い出します。この様な環境で研究・教育に携われる事を大変嬉しく思っています。

 私の専門分野ですが、冷却原子系と呼ばれる物理学の一分野であり、大学院の修士課程の頃からこの分野に携わっています。レーザー冷却と呼ばれる技術により、常温の原子集団を絶対零度近くまで冷却することが可能になりました。極低温の原子気体は、我々の身近にある常温の物質では多くが覆い隠されている物質の量子力学的性質を示す様になります。一九九五年に実現した気体原子のボース・アインシュタイン凝縮は、その顕著な例の一つでしょう。原子気体を冷却し、密度を高めていくと、ある所で凝縮し多数の原子が一つの波の様に振る舞うようになります。実験では光学的な観測により、その様子を鮮明に捉えることができます。私も研究室に配属されて、初めて凝縮体の生成を見た時は、「教科書に載っていたボース・アインシュタイン凝縮って、本当に実現するんだな」と感動した覚えがあります。その後もすっかり冷却原子系の世界に魅了され、現在に至るまで研究を続けることになりました。

 光学的な観測が可能というのは、冷却原子系の特徴の一つであり、魅力的な点です。直観的には分かりにくい、量子の世界の現象を視覚的に明確に示す事ができます。子供の頃から眼鏡を手放せない事もあり、物が良く見えるという事には格別な思いがあります。小学校の時に始めて眼鏡をかけた時に印象に残っているのは、月の模様が見えるという事でした。それまでは、私にとって月は単なる明るい点の一つでしたが、模様が見える事で、月の表面にも世界が広がっているという事を実感することになりました。「月にはウサギが住んでいる」というのは、こういう事だったのかと妙に納得した覚えがあります。もちろん良く見える様になる事で、その模様はウサギではない事も同時に分かる訳ですが、とにかく、レンズ二枚をかけるだけで、世界が広がるという体験はその後に自然科学の分野に進むきっかけになったように思えます。

 近年の冷却原子系の技術は急速に進歩しており、原子を光で一個一個観測し、制御することができる様になってきています。今後はどんな量子の世界を見せてくれるか楽しみです。今後も分野の発展に尽力すると同時に学生にも、研究の楽しさを伝えていきたいと考えています。これからどうぞよろしくお願いいたします。

(相関基礎科学/物理)

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