HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報665号(2025年7月 1日)

教養学部報

第665号 外部公開

<時に沿って> 境目で

後藤ゆきみ

 二〇二五年四月に助教として着任しました。量子力学に関連した数学を研究しています。純粋な数学理論というよりは、物理をよりよく理解したい、という気持ちで物理学の数学的な部分を調べています。数理物理学といわれると華やかな雰囲気がありますが、どちらかというと地味なことをやっていると思います。日本では若干マイナーな分野なので、学生のころから「なんでそういうことやろうと思ったの?」などとしばしば聞かれるのですが、本人としては割合自然な流れで行き着いたものと思っています。

 十代のころは数学者になりたいとか、研究者になりたいなどとは特段考えていませんでした。進路としてはむしろ文学部に行きたかったのですが、さまざまな事情や将来のことを考えて理系に進学することにしました。とりあえずなにかを勉強しよう、とだけ考えていた大学一年のとき、いろいろと講義を受けたり本を読んだりした中で、もっともおもしろいと思ったのが力学と物理化学です。大学にはいるまで微積分で力学を展開することを知らなかったので、数学で物理を理解できるという事実は驚きと共に魅力的に感じました。物理化学では量子論のよくわからなさに困惑し、その後ずっと尾を引いています。古典力学と数学の見事な調和に取り憑かれていた当時、物理学の理解につまずくとその理由を数学の不知に還元してゆきました。数学的構造がわかれば明快な理解が得られるはずだ、というわけです。必ずしもそうとは限らないというか、むしろ勘違いに近いような気もしますが、その姿勢が完全には矯正されないまま、いまに至っています。

 大学院も数学の研究室を受けるか、物理の研究室を受けるかで迷っていました。数学の方が個人の裁量で自由にできるのかな、と考えてそうしましたが、それが事実かはわかりません。このころも大学院の入試に落ちるか、そうでなくても論文を書けないのであれば就職しようと思っていました。やりたいことだけやっていた影響がたたったのか、大学院生のうちはあまり研究はうまくいかず、やっぱり向いてないかな、と何度も考えました。運良く理研の数理創造プログラム(現数理創造センター)に基礎科学特別研究員として採用してもらえ、さまざまな分野の若手研究者の方と交流をもてたのは大きな転機だったと思います。多くの偶然が重なり、学生のころに趣味で勉強していたものの論文を書くことのなかった分野の知識が役に立ち、共同研究にもつながります。研究は人との関わりや巡り合わせも重要なのだということを、このころようやく認識できました。それを行動に移せているかは、また別の問題なのですが。

 このたび縁あって数理科学研究科にもどってきました。学生の時にお世話になっただけでなく、迷惑をおかけした方々もいらっしゃるので、若干きまりがわるい思いもあるのですが、義理が廃ればこの世は闇ということで、受けた恩は返してゆきたいと考えています。自分なりに、微力を尽くします。

(数理科学研究科)

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