教養学部報
第665号
<時に沿って> さよなら駒場生だった私
栗原貴之
初めまして。二〇二五年四月より、総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系の准教授として着任しました、栗原貴之です。専門は物性物理と光科学で、超短パルスレーザーなどのフォトニクス技術を用いて物質中の現象を調べる、光物性という分野の研究をしています。特に、位相安定なレーザー光源や、高強度テラヘルツ波、熱平衡下における乱雑現象の計測法など、「独自に開発した光技術を駆使して、従来は観測できなかった超高速現象を明らかにしていく」ことを目指しています。
私が駒場生だったのは二〇〇八年までだったので実に十七年振りのこまバックですが、まさか自分が将来このキャンパスで物理の教員になるとは学生時代は全く思いもせず、奇縁に思いを馳せる日々です。思い返せば駒場生の頃の自分は、色々なことに興味はあるので理系から文系まで様々な授業を取るものの、勉強が特別できるわけでもないので進振りの点も低く、将来やりたいことははっきりと決まらず、キラキラした大学生活からは程遠い、鬱屈した青春を過ごした覚えがあります。
進振りの際は、機械や電気やものづくりは何となく好きだし、幅広い研究領域をカバーしているので自分に合う専門もそのうち見つかるんじゃないか、というくらいのふわっとした理由で工学部の精密工学科に進学したのですが、機械や電気工学などの実学に加え、固体物理や光工学などの応用物理に類する授業も取っているうちに、むしろ基礎に近い学問の方が奥深く、一周回って応用範囲が広くて面白い(「潰しが効く」)と感じてきました。そこで、いい機会だから大学院からはやっぱり物理をやろうと決めて勉強しているうちに興味を持ったのが光物性でした。固体物理や電磁気学、量子力学といった、それまで独立に勉強してきた内容が交差するような感覚が面白いと思ったためです。
そうして大学院で進学したのが、定年間際だった物性研究所の末元徹先生の研究室で、当時注目され始めていた高強度テラヘルツ波を使って反強磁性体のスピンダイナミクスの研究に携わることになりました。博士号を取った後、研究室は先生の引退により消滅したことだし、ポスドクするなら海外に行くかと学振(DC2→海外学振)でドイツに渡り、コンスタンツ大でレーザー光源や超高速スピン揺らぎ測定の技術開発を行なったりしました。そのうちに大学内のフェローシップに通していただきグループリーダーとなったのですが、古巣の東大物性研で助教公募が出ているというので応募したら採用していただき、帰国後もコロナ禍のもとでオンライン化が進んだためドイツとリモートで共同研究を続けながら、物性研では高次高調波分光や高強度レーザーの開発に関わり、任期付き助教を五年経たのち、今回ご縁あって駒場に採用していただきました。
今から振り返ると、自分が何になりたいのかよくわからないという駒場生時代の感覚は普遍的なものだったのかもしれないような気がしてきます。博士課程くらいからは「私は〇〇を調べる××の研究者です」みたいな自己紹介をする機会が増えますが、その頃になってようやく、あの焦燥感が薄れてきたのを覚えています。専門を学ぶというのはたぶん自身の中にアイデンティティを追加することでもあって、自分探しでもないですが、それまで空っぽだった昔の私はある意味それに救われてきたのかもしれません。研究生活の中で所属や住む場所が変わる度、新しい視点を何かしら得てきたような感覚がありますが、これからも駒場で様々なアイデンティティを持った方々との交流を通じて専門性を磨き、独創性の高いユニークな仕事を続けていきたいと思っています。
(相関基礎科学/物理)
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