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令和5年度 東京大学学部入学式 教養学部長式辞(令和5年4月12日)

東京大学に入学された皆さん、ご入学おめでとうございます。これまで皆さんを支えてこられたご家族、ご関係の皆様にも、教養学部の教職員を代表し心よりお祝いを申し上げます。

まず、大学における新型コロナウィルス感染症対策について触れておきましょう。皆さんは、パンデミックのために、自由な活動が制限された中で3年間を過ごしてきたことと思います。教養学部の授業は2020年の夏学期、私たちはこれをSセメスターと言いますが、全面的にオンラインに変更になり、定期試験もオンラインで行われました。2年生になると進学選択をすることになりますが、教養学部の履修科目の点数が、その主たる判断基準となりますので、前期課程教育に携わる教職員は常にその公平公正さを保たなければなりません。そのため、オンラインでの試験は、実施側と受験側の双方にとって、大きな出来事でした。当時の1年生は、せっかく入学したのに、キャンパスに来ることができない、授業に出席していてもクラスメートに会えないという現実に、大きな不満を抱いていたことは容易に想像できます。

翌年の2021年度には、新型コロナウィルス感染症に関する医学的な研究とともにワクチン開発が急速に進んだことを受けて、キャンパスライフを少しでも改善するべく、教養学部では、感染症の感染に対して十分な注意を払いつつ、語学や実験、身体運動の授業は対面とし、残りの授業は基本的にオンラインで行うという形態に変更しました。その結果、学生は週に2回程度大学に登校するようになりました。さらに昨年度は、全学の方針に基づき、原則として対面で授業を実施しました。

今年の3月13日からは、マスク着用に関し個人の主体的な選択を尊重することになりました。ゴールデンウィーク明けの5月8日には、新型コロナウィルス感染症は、現在の2類相当から、季節性インフルエンザなどと同じ5類に移行することが予定されています。本学では、文部科学省からの事務連絡などを踏まえ、引き続き基本的な感染対策を徹底した上で、4月1日以降、「マスクの着用は個人の判断を基本とする」ことになりました。ただし、「授業担当の教員が授業の形態、方法等によりマスクを着用する必要があるものと判断する場合や授業の運営に支障があると判断した場合は適切に対応する」ことになりますので、この点には留意してください。このように、この3年間の変化をみると、全面的なオンライン授業から次第に制限が緩和され、パンデミック前の状態に戻りつつある中で、皆さんは今日の入学式を迎えたということになります。

教職員は、本来対面で授業や試験を行いたいところ、それが叶わないため、代替措置としてやむを得ずオンラインを導入したという背景がありましたが、学生に対するアンケートの結果によれば、学年が上がるにつれ、対面よりもオンライン授業を好む傾向も見られます。とりわけ数100人が出席するような大規模講義については、コミュニケ―ションツールを活用した議論の展開により、高い教育効果を得られるという声もあり、今後もオンラインを積極的に活用する場面もあろうかと思います。また社会においても、オンラインを活用したリモートワークを取り入れる企業も多くあり、確実に私たちのライフスタイルが変わろうとしています。ただ、オンライン授業を強いられてきた皆さんが、制限のない日常生活を取り戻そうとしている今だからこそ、考えていただきたいことを2点お伝えします。

1つ目は、対面でのコミュニケーションを大事にしてほしいということです。コロナ禍で、三密を避けた結果として、必要なコミュニケーションも疎になってしまったのではないかと懸念しています。オンラインによる打ち合わせでは、情報の発信者には「伝えたいこと」と「伝えたいという動機」があって、打ち合わせを調整することが多いでしょう。従って、オンラインで伝えられる情報量は確かに多いですし、情報伝達型の授業であれば、十分に成立すると思います。一方で、わざわざ打ち合わせを調整するほどでもないような些細なことは、伝えられずに放っておかれることになります。皆さんのようなデジタルネイティブの世代は、SNSなどをうまく活用して頻繁に情報交換をしているかもしれませんが、SNS以上ミーティング以下の事柄は確実に存在します。このように決して大きくないけれども、挨拶だけでは済ませることのできないことこそがコミュニケーションの重要な部分を占めていると私は思っていますし、対面という状況は、確実にコミュニケーションのハードルを下げてくれるはずです。

2つ目ですが、コロナ禍では、「不要不急の外出を避ける」という制約がありました。それが緩和された今、意識して、自らの行動範囲を広げてほしいと思います。これは、私自身が教養学部に入学した当時を振り返り、過去への反省をもとに述べるものです。当時理科1類の学生だった私にとって、学びの場は、キャンパスのごく一部の場所でした。正門正面の時計台のある1号館で語学の授業を、5号館、7号館で数学や理科を、900番講堂で人文社会系の授業を受け、授業が終わったらすぐ家に帰るという具合です。おそらく、これはキャンパス全体の20%程度の面積にすぎません。その当時の建物はかなり老朽化していましたが、30数年の間にキャンパスは見違えるほど整備されました。キャンパスの東側には舞台芸術や音楽実習のための演習室、課外活動のための施設を備えたコミュニケーションプラザや駒場図書館が建築されました。その駒場図書館は、2022年10月に20周年を迎え、さらにその東側に図書館を増築する計画が現在進行中です。また、旧生協の跡地には、21KOMCEEという教室棟が建築されました。これは、従来の情報伝達型の授業からアクティブラーニング型の授業への転換を目指し、その当時の小宮山総長の「理想の教育棟」を建てるという方針に沿ったもので、Komaba Center for Educational Excellence からKOMCEEと名づけられたものです。皆さんの中には、1年のSセメスターの初年次ゼミナールをこの教室で受講する人もいるでしょう。21KOMCEEのコンセプトは、「滞在型の空間」です。つまり、授業が終わった後に、すぐに帰宅するのではなく、授業の内容を振り返るなり、友人と議論するなりができる空間を目指したものです。まずはキャンパス全体を見て回り、教養学部のもつリソースを十分に活用してほしいと思います。

教養学部のあるキャンパスを駒場Iキャンパスと言います。ここには、教養学部・総合文化研究科と数理科学研究科があります。さらに西側に歩いて5分ほどのところに駒場IIキャンパスがあり、ここには生産技術研究所と先端科学技術研究センターがあります。これらの研究科・研究所・センターでは世界トップレベルの研究が行われており、1年生でも受講できるゼミ形式などの授業も開講されています。さらにこの駒場地区は渋谷駅からもすぐの場所にあり、渋谷駅のそばにあるスクランブルスクエアの15階の渋谷QWSでは、東京大学を含む6つの大学の連携プログラムがあり、皆さんのアクティビティを後押しする仕組みがあります。このように、大学はいろいろな形で外の社会と結びついています。学びは、駒場Iキャンパスの中の一部の教室の中だけではありません。教室やキャンパスの物理的な壁を飛び越えて、様々な経験をしてほしいと思います。

国立社会保障・人口問題研究所は、2050年には日本の女性の平均寿命は90歳を超えると推定しており、人生100年時代に突入します。今、社会は急速にGX(グリーントランスフォーメーション)に向かっています。気候変動に関する国際的な枠組み「パリ協定」は、平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えるという努力目標を掲げていますが、目標達成には、2050年前後までに、カーボンニュートラル、つまり、温室効果ガスの排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすることが必要です。そのためには、エネルギーリソースを大規模に転換し、エネルギー起源の二酸化炭素を中心として、メタンや一酸化二窒素の排出を削減し、更に、大気中に既に存在する二酸化炭素を直接回収し貯留するためには大きな技術革新が求められます。

一方で、太陽から降り注ぐ紫外線の多くを吸収しているオゾン層に穴が開く、オゾンホールにより地表に紫外線が降り注ぎ皮膚がんなどのリスクが懸念されていますが、国連等の関係機関が作成した報告書によると、南極上空のオゾンホールは2066年までには1980年の値にまで回復するという明るいニュースもあります。フロンガスは極めて安定な物質であるために、冷蔵庫やエアコンの冷媒などとして使われていました。しかし、後にノーベル化学賞を受賞したクルッツェン、モリーナやローランドが、フロンガスがオゾンを分解する可能性を指摘したのをきっかけに、1987年にモントリオール議定書によって46か国がこれらの物質の段階的な削減を決めました。このように、私たちの生活が地球に及ぼす影響を科学の力で理解し、技術的に対応することで解決に向かうことができるというのも事実です。

皆さんは、今後このような節目となる2050年に向けて、中心となって活躍していく世代だと思います。そのためにも、教養学部前期課程での皆さんの学びが、そして課外活動を含めたキャンパス生活が、実り豊かであることを祈念して、教養学部長としての式辞といたします。

東京大学教養学部長  真船 文隆

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