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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2014.10.23

【研究発表】発芽初期の膜合成が葉緑体の運命を左右する ――脂質合成の人工制御が解き明かす葉緑体の分化制御――

発表のポイント

成果: 発芽初期の脂質合成が葉緑体形成の鍵となることを発見しました。
新規性: 光合成に必要な葉緑体の形成を人為的に制御できる解析系を確立しました。
展望: 植物がどのように葉緑体を作って光合成をしているかを解き明かす手がかりとなります。

発表概要

発芽直後には色白の植物の芽生えも、光が当たると葉の細胞内に緑色の葉緑体を形成し、光合成を始めます。その際、葉緑体内ではチラコイド(注1)とよばれる膜が高度に発達し、そこに光合成装置(注2)が形成されます。チラコイド膜の発達には、光合成タンパク質や色素に加え、膜を構成する脂質の合成が必要ですが、葉緑体の形成時にこれらが協調的してチラコイド膜を作り上げる仕組みは、まだよく分かっていません。東京大学大学院総合文化研究科の和田元教授、小林康一助教、藤井祥さん(修士課程1年)は台湾・中央研究院植物及微生物学研究所の中村友輝助研究員との共同研究により、モデル植物のシロイヌナズナ(注3)を用いて、葉緑体内部のチラコイド膜形成を人為的に制御する解析系を新たに作製しました。チラコイド膜を構成する脂質分子の合成を人工マイクロRNA(注4)で抑制することで、チラコイド膜の形成がコントロールできるようになりました。この解析系を導入した植物体を詳細に調べた結果、発芽初期の脂質合成が葉緑体形成の鍵を握っていることが明らかとなりました。この成果は、植物が種子から葉を発達させるとき、どのように葉緑体を作り上げるかという未知の機構を解明する重要な手がかりとなります。

発表内容

研究の背景

すべての植物は細胞内に色素体(注5)とよばれる細胞内小器官をもっています。単細胞生物の藻類の色素体は一般に葉緑体という形態をとって光合成を行い、光から成長に必要なエネルギーを得ています。多細胞生物である高等植物の色素体は、部位や時期によってさまざまな形態をとります。種子の細胞には光合成能をもたない単純な構造の色素体が存在しますが、子葉が芽生えるときに光が当たると、光合成をする葉緑体へと発達します。このとき、葉緑体の内部にはチラコイドという複雑な膜構造が急激に発達し、この膜を足場に光合成反応を担う色素やタンパク質が配置されます。チラコイド膜の主成分は糖と脂肪酸からなる糖脂質(注6)で、この糖脂質がなくなるとチラコイド膜が発達せず、光合成も行われなくなることが分かっています。しかし、チラコイド膜がなくなると植物はほとんど成長できなくなるため、これまで詳細な研究は困難でした。そこで、当研究グループはモデル植物のシロイヌナズナにおいて、糖脂質の合成を人為的に抑制できる実験系を構築し、植物の発達における糖脂質合成の役割を解明しようと試みました。

研究内容

具体的には、チラコイド膜の大半を占める糖脂質MGDG(モノガラクトシルジアシルグリセロール)の合成に注目しました。MGDG合成を担う酵素の遺伝子MGD1を抑制する人工マイクロRNA遺伝子を作製し、遺伝子組換えによりシロイヌナズナに組込みました(図1)。デキサメタゾン(DEX)(注7)という合成糖質コルチコイドを与えられたときにのみ人工マイクロRNAがはたらくようにデザインし、MGD1の発現を通常の25%程度にまで抑制することに成功しました。植物の発芽初期にDEXを与えると、MGDGが通常の10%程度にまで激減し、葉緑体のチラコイド膜はほとんど形成されませんでした。このとき、子葉が白くなる、子葉の細胞が異常な形になるという現象も見られ、光合成に関連する遺伝子の発現低下とともに、光合成の活性も著しく低下していました。また、MGDG合成は葉緑体だけでなく、ミトコンドリア(注8)やペルオキシソーム(注9)にも影響を与え、貯蔵脂質(トリアシルグリセロール、注10)の代謝とも関連することが分かりました。一方で、子葉が緑になり始めてからDEXを与えた場合には、MGD1の発現が25%に低下するにもかかわらず、葉緑体はほぼ正常に発達し、光合成遺伝子の発現低下も起こりませんでした。また、子葉の後に現れる本葉では、MGD1が25%に抑制されても、葉緑体の発達は子葉ほど阻害されませんでした。

以上の結果から、発芽初期の糖脂質合成とそれに続く膜形成が、葉緑体や光合成細胞の分化の鍵を握っていることが明らかとなりました。発芽直後は植物が光合成を始める重要な時期であり、このときに膜脂質が正常に合成されることが、葉緑体形成を促進する一つの要因となっていると考えられます。また、糖脂質合成の人為的改変は種子貯蔵脂質の代謝にも大きな影響を与えたことから、糖脂質合成は貯蔵脂質から膜脂質への代謝経路の切り替えにおいて中心的な役割を担うことが示唆されました。

今後の展望

地球上のほとんどの生物は植物が光合成で獲得したエネルギーをもとに生活しています。光合成のメカニズムについては古くからかなり詳細な研究が進められていますが、光合成を担う葉緑体の形成過程に関しては、まだ多くが謎に包まれています。今回、当研究グループは光合成反応の場であるチラコイド膜に注目して、膜を構成する糖脂質の合成を植物内で人工的に制御することに成功しました。またこの系を用いて、発芽直後の糖脂質合成が、植物が光合成を始められるか否かを決定していることを示しました。本研究は、光合成を行うために植物が何をどのような順序で作り上げているかを理解するための全く新しい方法を示しており、植物の葉緑体形成機構を解明する突破口の一つとなることが期待されます。また、今回開発した手法は、膜脂質・貯蔵脂質間における代謝調節の仕組みを明らかにするうえでも、非常に強力な解析ツールとなることが期待できます。

(本研究は独立行政法人日本学術振興会の科学研究費補助金、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業CRESTおよびさきがけなどの研究助成を受けて行われました)

発表雑誌

雑誌名
「Plant Physiology」(オンライン版:9月24日掲載)
論文タイトル
Inducible knockdown of MONOGALACTOSYLDIACYLGLYCEROL SYNTHASE 1 reveals roles of galactolipids in organelle differentiation in Arabidopsis cotyledons
著者
Sho Fujii, Koichi Kobayashi, Yuki Nakamura and Hajime Wada
DOI番号
10.1104/pp.114.250050
アブストラクトURL 
http://www.plantphysiol.org/content/early/2014/09/24/pp.114.250050.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 助教 小林康一
TEL/FAX:03-5454-6628
E-mail:kkobayashi [at] bio.c.u-tokyo.ac.jp

メールアドレスの[at]は@に置き換えてください。

用語解説

(注1)チラコイド
植物や藻類の葉緑体内部にある扁平で複雑な袋状の膜構造。この膜を足場にしてタンパク質(酵素)や色素(クロロフィルやカロテノイドなど)が適切に配置されることで、光合成反応が可能となる。

(注2)光合成装置
チラコイド膜に存在する装置(タンパク質複合体)。光のエネルギーを利用して水分子から引き抜いた電子を膜上に並ぶ装置に渡して伝達することで、最終的にNADPHやATPとよばれる生理活性物質が作られる。NADPHやATPは葉緑体内で二酸化炭素を糖に固定する反応に使われる。

(注3)シロイヌナズナ
学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草。モデル実験植物として植物で初めてゲノム解読が行われ、多くの変異系統やデータベースが世界各国の研究機関で維持、管理されている。

(注4)人工マイクロRNA
人工的に合成された約22塩基の小さなRNA分子で、特定の遺伝子の発現を抑制する機能をもつ。ゲノムの中に組込むと、転写・加工されたのちに標的遺伝子のメッセンジャーRNA(遺伝情報をもつDNAから転写されたRNAで、最終的にタンパク質へと翻訳される)に結合して、タンパク質への翻訳を妨げる。

(注5)色素体
植物や藻類に見られる細胞内小器官で、光合成に加えて、さまざまな物質の合成や貯蔵を行なう。太古にシアノバクテリア(ラン藻)が植物の祖先となる細胞に内部共生したことにより誕生したと考えられている(細胞内共生説)。多細胞生物の植物では、色素体は光合成を行なう葉緑体の他、白色体や有色体など、さまざまなタイプに分化する。

(注6)糖脂質
糖を結合した脂質。植物や藻類の葉緑体に多く含まれるのはガラクトースと長鎖脂肪酸がグリセロールを結合したもの(ガラクト脂質)で、動物や細菌にはほとんど見られない。葉緑体のチラコイド膜には2種類のガラクト脂質が存在し、そのうちモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)が全チラコイド膜脂質の約50%、MGDGから合成されるジガラクトシルジアシルグリセロールが約25%を占めている。

(注7)デキサメタゾン(DEX)
動物に対して炎症抑制作用を示す薬剤で、植物には通常作用しない。本研究で用いられたシロイヌナズナの遺伝子組換え体には、DEXの受容体と転写因子(遺伝子の発現を制御するタンパク質)が融合したタンパク質の遺伝子が導入されている。受容体にDEXが結合することで融合タンパク質が細胞質から細胞の核に移動できるようになり、転写因子が人工マイクロRNAの発現を誘導する。

(注8)ミトコンドリアは動物にも植物にもみられる細胞内小器官で、一般に酸素を使った呼吸を行っている。植物では通常の呼吸以外に光呼吸という代謝も担っており、光合成反応で生じる副産物を代謝することで光合成の効率を高めている。

(注9)ペルオキシソーム
さまざまな物質の代謝を行う細胞内小器官。動物にも植物にもみられ、動物では主に脂肪酸の分解を担うが、植物では脂肪酸分解とともに光呼吸の一部の反応も行う。

(注10)トリアシルグリセロール
代表的な中性脂肪で、多くの生物でエネルギーを貯蔵するために合成される。植物では主に種子に蓄えられており、発芽時のエネルギー源となる。様々な植物から抽出され、食用油脂として利用される。

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図1.脂質合成制御系の概略図。糖脂質合成を抑制する人工マイクロRNA(amiR-MGD1)が発現していないときは、葉緑体が発達し、葉は緑色になる。DEX(デキサメタゾン)という人工ホルモンを与えると、DEX応答性の転写因子がamiR-MGD1の発現を誘導し、脂質合成が抑制される。このとき葉緑体の発達が阻害され、葉が白くなる。
 

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