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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2015.03.03

【研究発表】世界最速で切り替わる小さな光スイッチタンパク質を開発

1.発表者:

河野 風雲(東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員)
佐藤 守俊(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)

2.発表のポイント:

◆細胞内での生体分子(タンパク質など)のはたらきを、青色光を使って、意のままにコントロールできる小さな光スイッチタンパク質(マグネット)の開発に成功。
◆秒単位の速度でスイッチオン・スイッチオフできる世界で初めての技術。
◆細胞内での生体分子(タンパク質など)の機能の解明や、さまざまな生命現象を光でコントロールする技術への展開に期待。

3.発表概要:

東京大学大学院総合文化研究科の河野風雲特任研究員、佐藤守俊准教授らの研究グループは、さまざまな生体分子(注1)の細胞内でのはたらきを、非常に高い精度で意のままにコントロールできる小さな光スイッチタンパク質の開発に成功しました。従来、光スイッチタンパク質として使われていた天然の光受容体(注2)は、分子量が大きく、かつ、スイッチオン・スイッチオフ(注3)の速度が非常に遅いことが大きな制約となっていました。

本研究グループは、カビが有する非常に小さな光受容体に着目し、遺伝子工学的手法を用いてさまざまな改変を加えました。その結果、秒単位の速度でスイッチオン・スイッチオフ可能な小さな光スイッチタンパク質(マグネット)を開発することに成功しました。さらに、マグネットを用いて、細胞の進む方向(細胞極性:注4)を自由自在に光でコントロールできることを示しました。

この新しい光スイッチタンパク質は、細胞内での生体分子の機能解明に貢献するとともに、
生体内において、任意の場所に細胞を集める技術や、任意の場所で細胞を増殖・分化・死滅させる技術、任意の組織で遺伝子治療を行う技術等への展開が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」(電子版:英国時間2月24日(火))に掲載されます。

4.発表内容:

研究の背景

近年、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)などが有する光受容体を使って、生体分子(タンパク質など)の細胞内でのはたらきを光でコントロールしようとする技術(オプトジェネティクス技術:注5)が開発され、生命科学研究の新たな手法として注目されています。しかし、天然の光受容体は、分子量の大きさや二量体(注6)の形成効率など、克服すべき大きな問題点をいくつか抱えていました。特に、天然の光受容体は光照射による“スイッチオン”の速度や光遮断による“スイッチオフ”の速度が非常に遅く、調べたいタンパク質のはたらきを任意の場所やタイミングで自由自在にコントロールすることが困難でした。このような背景から、さまざまなタンパク質のはたらきを高い精度で意のままにコントロールできる、小さく強力な光スイッチタンパク質の開発が強く求められていました。

研究内容

河野風雲特任研究員らの研究グループは、アカパンカビ(Neurospora crassa)が有する青色光受容体ヴィヴィッド(Vivid)に着目しました。ヴィヴィッドは光受容体のなかで最も分子量が小さいもののひとつです。また光を感受するために特別な補因子(注7)を必要としません。したがって、理想的な光スイッチタンパク質を開発するにあたって、有望な出発物質と考えられました。本研究グループはまず、ヴィヴィッド同士が形成する二量体の界面(注8)に正電荷を持つアミノ酸を導入した変異体と負電荷を持つアミノ酸を導入した変異体を作製しました(図1)。その結果、静電相互作用(引力と斥力、注9)に基づいて、相手を見分けることができる変異体のペアを開発することに成功しました(図2)。これにより、非常に選択性高くタンパク質の相互作用(注10)をコントロールすることが可能になりました。同研究グループは、この新しい光スイッチタンパク質を“マグネット(Magnets)”と命名しました。これは、引力と斥力によって相手を見分ける、まるで磁石のような性質にちなんでいます。

次に同研究グループは、開発したマグネットのスイッチオフ速度を高速化するために、光を感受する補因子の結合領域に着目しました(図1)。遺伝子工学的手法を用いて、この領域に変異導入を行った結果、光遮断後に要するスイッチオフの時間が4桁程度、劇的に短くなった変異体の開発に成功しました。しかし、この変異体は二量体形成効率が低いことが大きな課題でした。同研究グループは、その問題の変異体を、開発研究の過程で発見した反対の性質を持つ変異体(二量体形成効率が非常に高いが、スイッチオフ速度が非常に遅い)とうまく組み合わせることによって、スイッチオフ速度の劇的な高速化と、二量体形成効率の著しい向上を同時に実現させることに成功しました。スイッチオフの速度と二量体形成効率が劇的に向上したことにより、従来では不可能であった細胞内でのタンパク質のコントロールを、数秒の精度で実行することに世界で初めて成功しました(図3)。

さらに、研究グループは、細胞遊走(注11)の調節に重要な役割を担っている、PI3キナーゼ(注12)のはたらきを、マグネットを使って、光でコントロールできることを示しました(図4)加えて、細胞の一部分に光を照射することでPI3キナーゼを局所的に活性化させた結果、細胞の進む方向(細胞極性)を自由自在に光でコントロールすることができました(図4)。

以上の結果、本研究グループは、世界最速で切り替わる小さな光スイッチタンパク質マグネットを開発しました。マグネットを使うことによって、従来では不可能であった生体分子の秒単位でのコントロールが、光を使ってできるようになりました。本成果は、生命現象に重要な役割を担う生体分子の機能解明に役立つと期待されます。また、生体内において、任意の場所に細胞を集めたり、任意の場所で細胞の増殖や分化・死滅をコントロールしたり、任意の組織での遺伝子治療を光で正確に実行する技術等への展開が期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Nature Communications」(2月24日(英国標準時間)オンライン)
論文タイトル:Engineered pairs of distinct photoswitches for optogenetic control of cellular proteins
著者:Fuun Kawano, Hideyuki Suzuki, Akihiro Furuya, Moritoshi Sato*(*責任著者)
DOI番号:10.1038/ncomms7256

6.問い合わせ先:

佐藤 守俊(さとう もりとし)
東京大学大学院総合文化研究科 准教授
〒153-8902 東京都目黒区駒場 3-8-1
Tel: 03-5454-6579
E-mail: cmsato[at mark]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
※メールアドレスの[at mark]は@に置き換えて下さい。

7.用語解説:

(注1)生体分子
生理現象に重要な役割を担うイノシトールリン脂質や環状核酸のような小分子やタンパク質のこと。

(注2)光受容体
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)が有するクリプトクロム(Cryptochrome)やフィトクロム(Phytochrome)などで知られる光駆動型のタンパク質。青色光や赤色光などの可視光を感受することで、構造を変化させる。構造変化に伴って、別のタンパク質と結合することが知られている。

(注3)スイッチオン・スイッチオフ
多くの光受容体の場合、光照射によって二量体(注6)を形成することが「スイッチオン」であり、光遮断によって二量体が解離して元に戻ることが「スイッチオフ」である。(図1参照)

(注4)細胞極性
細胞遊走(注11)のように、細胞に「前」と「後ろ」ができること。細胞内のタンパク質や小器官が空間的に偏って局在することによって、細胞に極性が生じる。

(注5)オプトジェネティクス
光学と遺伝子工学の方法論を融合させた学問分野。2005年、光駆動型のイオンチャネルを使って、神経細胞の活動を光でコントロールする技術が報告されたのをきっかけに、神経科学の分野で爆発的に広まった。近年、神経活動のみならず、細胞内のタンパク質のはたらきを、光でコントロールしようとする技術の開発が行われている。

(注6)二量体
ふたつのタンパク質が結合した複合体。ヴィヴィッドは光依存的に二量体を形成することが知られている。

(注7)補因子
光を感受するのに必要な化学物質。光受容体のほとんどは、特定の補因子をタンパク質内に保有することで、光を感受している。ヴィヴィッドは、植物や菌類、哺乳類などが持つ非常にユビキタスな補因子フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)と結合している。光受容体のなかには、フィトクロムのように、植物や一部の菌類のみだけが持つ希有な補因子を必要とするものがある。

(注8)二量体の界面
二つのタンパク質が結合して、二量体を形成する場合の結合面のこと。

(注9)静電相互作用
正負の電荷の間に働く引力と斥力(引き合う力と反発し合う力)。

(注10)タンパク質の相互作用
多くのタンパク質の活性が、別のタンパク質との結合や解離によって調節されている。タンパク質間相互作用は、生命現象に重要なさまざまな情報伝達の役割を果たしている。

(注11)細胞遊走
細胞が「ある場所」から「別の場所」へ自力で移動する運動のこと。生体内のほとんどの細胞は細胞遊走によって、さまざまな場所に移動していく。例えば、がんの転移は、原発がん細胞が細胞遊走によって組織内を移動し、血管やリンパ管にもぐり込み、体内の別の場所に現れることで起こる。

(注12)PI3キナーゼ
イノシトールリン脂質のひとつである、ホスファチジルイノシトール 4,5-二リン酸(PI(4,5)P2)をリン酸化して、ホスファチジルイノシトール 3,4,5-三リン酸(PI(3,4,5)P3)を生成する酵素。PI(3,4,5)P3は、アクチン細胞骨格系の再構成を促進させる生体分子として機能し、細胞遊走を制御する。

(注13)膜局在化配列
システインを含む短いペプチド配列(10アミノ酸程度)。細胞質で生合成された後,システイン残基が脂質修飾を受けて,細胞膜につなぎとめられる。

8.添付資料:

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   図1 本研究で開発した光スイッチタンパク質(マグネット)

河野風雲特任研究員らの研究グループは、カビが有する光受容体ヴィヴィッドに着目し、さまざまな改変を加えることで、世界最速で切り替わる小さな光スイッチタンパク質を開発した。本研究ではまず、ヴィヴィッドの二量体界面(濃青色とマジェンダ色)に静電相互作用の導入を行うことで、「二量体形成の選択性の向上」を実現する変異体の開発に成功した。次に、補因子結合領域(オレンジ色と蛍光グリーン色)に変異を導入することで、「スイッチオフ速度の高速化」と「二量体形成効率の向上」を同時に実現する変異体のペアを開発することに成功した。本研究グループは、開発した新しい光スイッチタンパク質を“マグネット(Magnets)”と命名した。マグネットは、さまざまなタンパク質(例えば、タンパク質Aとタンパク質B)と遺伝子工学的に連結させるだけで、それらの活性を光でコントロールすることができる。「スイッチオン」:光照射によってマグネットが二量体を形成した状態。「スイッチオフ」:光遮断によって、マグネットの二量体が解離して元に戻った状態。

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   図2 天然の光受容体ヴィヴィッドと開発したマグネットの違い

(a)天然の光受容体ヴィヴィッド(長方形:オレンジ色)は、光依存的に二量体を形成する。異なるタンパク質(例えば、タンパク質Aとタンパク質B)の相互作用(A-B相互作用)を誘導したい場合、ヴィヴィッドを使うと、タンパク質Aどうしやタンパク質Bどうしのような意図しない相互作用(A-A相互作用、B-B相互作用)を、同時に誘導してしまうことが大きな問題点である。(b)本研究で開発したマグネット(長方形:赤色と青色)は、二量体界面に導入した静電相互作用の効果で、目的の相互作用(A-B相互作用)だけを誘導することができる。その時、意図しない別の相互作用(A-A相互作用やB-B相互作用)は起こらない。したがって、マグネットは非常に選択性が高い光スイッチタンパク質である。

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   図3 細胞内のタンパク質を秒単位でコントロールする

(a)タンパク質の局在を細胞質から細胞膜へコントロールするための原理図。マグネットの片方(半円:青色)を、膜局在化配列(注13)を使って、細胞膜につなぎとめる。つなぎとめられているかどうかは、緑色蛍光タンパク質(円柱:緑色)の蛍光シグナルによって可視化できる。もう片方のマグネット(半円:赤色)は、光照射前、細胞質に局在している。その局在は、赤外色蛍光タンパク質(円柱:濃赤色)の蛍光シグナルによって可視化できる。光照射後、マグネットが二量体を形成するのに伴って、コントロールしたいタンパク質(赤外色蛍光タンパク質)を細胞膜へ移行させることができる。(b)細胞膜につなぎとめたマグネットの局在。(c)光照射前、もう片方のマグネットは、細胞質に一様に局在している(左端の画像)。光照射によって、細胞膜につなぎとめたマグネットと同じような局在を示したことから、赤外色蛍光タンパク質が細胞膜に移行したことが分かる(左から二番目の画像)。さらに、光遮断によって、細胞質全体に拡散していることが分かる(左から三番目)。細胞質から細胞膜へのタンパク質のコントロールは何度でも可能であった(中央の画像複数)。(d)光照射による細胞質から細胞膜への移行と、光遮断後の細胞膜から細胞質への拡散を経時的にイメージングした。(e)この光スイッチタンパク質が、秒単位でスイッチオン(t1/2 on 1.5秒)・スイッチオフ(t1/2 off 6.8秒)できることを証明した。

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   図4 細胞の進む方向(細胞極性)を光で自由自在にコントロールする

(a)PI3キナーゼのはたらきを光でコントロールするための原理図。PI3キナーゼ結合ドメイン(楕円:濃青緑色)を遺伝子工学的にマグネット(半円:赤色)と連結する。PI3キナーゼ結合ドメインは、細胞内で自発的に内在性のPI3キナーゼ(楕円:薄青緑色)と結合する。光照射前、PI3キナーゼは細胞質に局在している。光照射によるマグネットの二量体形成に伴って、PI3キナーゼは細胞膜に移行する。細胞膜で活性化したPI3キナーゼは、PI(4,5)P2をリン酸化し、PI(3,4,5)P3を産生させる。産生したPI(3,4,5)P3はアクチン繊維の形成を促進し、細胞膜の形態を変化させる。(b)細胞の進む方向を光でコントロールする。まず、光照射領域A(円:青色)に光照射を行ったところ、周辺の細胞膜の形態変化が誘導され、細胞の前進が見られた。次に、光照射領域B(円:青色)に光照射を移動させたところ、その周辺で細胞膜の形態変化が誘導され、細胞の進む方向の転換が見られた。(c)ライン1とライン2はそれぞれ(b)の黄色線1,2上で起こっている蛍光強度の経時的変化を表す。細胞膜の形態変化が光照射中と光遮断後によって、大きく変化していることが分かる。

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