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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2015.06.16

【研究発表】光合成をする藻類がもつ光スイッチの協調様式を解明

―高感度な光スイッチ創出と光合成生産の効率化へ―

1.発表者: 

榎本  元(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程3年)
池内 昌彦(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)

2.発表のポイント:

◆藍藻類(シアノバクテリア)(注1)が効率よく光合成を行うために、複数の多様な光スイッチが協調してはたらいていることを世界で初めて解明しました。
◆今回解明した協調様式に基づいた遺伝子工学により、高感度かつ特異的な光制御系を創出できる可能性が高まりました。
◆この光スイッチはシアノバクテリアの光合成の効率を環境に応じて最適化しており、光合成によるバイオマス生産(注2)への大きな寄与が期待できます。

3.発表概要:

シアノバクテリアは陸上植物と同じような光合成を行う微細藻類であり、光合成に必須な光を感知するための高度な光受容機構を備えています。シアノバクテリアがもつ光受容体群の中でも、「シアノバクテリオクロム」は可視光全域を含む様々な色の光を感知します。シアノバクテリオクロムはひとつのシアノバクテリアに存在する種類が他の光受容体に比べて顕著に多いという特徴をもちますが、その意義については全く不明でした。
今回、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の榎本元大学院生と池内昌彦教授らの研究グループは、①好熱性シアノバクテリアが示す細胞凝集が三つのシアノバクテリオクロムによって制御されていること、②それら三つはそれぞれに固有の性質をもち、異なる役割を果たすこと、③それらの協調によって、光の色に感度良く応答し、かつ厳密なシグナル伝達を可能にしていることを明らかにしました。このシグナル伝達機構に基づいた設計により、特定の色の光を照射することで自在に細胞の凝集を誘導できるようになれば、光合成を利用したバイオマス生産において、生産のON/OFFの人為的な操作と効率的な細胞回収法の提供につながることが期待されます。

なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)CREST研究領域「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」(研究総括:磯貝 彰)における研究課題「構造と進化の理解に基づく光合成の環境適応能力の強化」(研究代表者:鹿内利治)の一環として支援を受けて得られたものです。

4.発表内容: 

<研究の背景>
シアノバクテリアは光のエネルギーを用いて、二酸化炭素を吸収し酸素を発生する光合成を行う原核生物です。光合成をする生き物は、その生存に必須な光を感知するための機構を高度に備えています。シアノバクテリアにおいては、シアノバクテリオクロムという光受容体群が紫外線から遠赤色光まで様々な色の光を感知しています。シアノバクテリオクロムは上記の様に非常に多様な色の光を感知する能力を持つため、蛍光プローブ(注3)やオプトジェネティクス (注4) 用新規ツールの開発材料として多くの研究者が注目しています。しかし、それらシアノバクテリオクロムが実際細胞内でどのように機能しているかは、数例を除き知見がありません。また、シアノバクテリオクロムは他の光受容体群と比べて、一種類のシアノバクテリアに存在する種類が他の光受容体に比べて顕著に多いという特徴をもちます。しかしながら、何故多数のシアノバクテリオクロムが存在するのか、複数のシアノバクテリオクロムが細胞内でどのように役割を果たしているのかについては不明でした。
榎本元大学院生と池内昌彦教授らの研究グループは好熱性シアノバクテリアであるThermosynechococcus属に着目しました。なぜなら、その解読された全ゲノムの解析により、五つのシアノバクテリオクロム候補遺伝子のうち三つが、サイクリックジメリックGMP (c-di-GMP) によるシグナル伝達に関わることが示唆されたためです。c-di-GMPはバクテリアに広くみられるセカンドメッセンジャー分子 (注5) の一種であり、運動性や固着性、細胞周期の進行などの多様な機能を持つことが知られていましたが、シアノバクテリアにおける作用はほとんど知られていませんでした。本研究グループは以前に、候補遺伝子の一つ、sesAがコードするタンパク質を解析し、 ①青色光と緑色光を感知すること、②青色光下でc-di-GMPを合成すること、③低温、青色光下でみられる細胞凝集を引き起こすことを明らかにしていました。

<研究の詳細>
今回、本研究グループは残った二つの候補遺伝子であるsesBとsesCに着目し、解析を行いました。SesBタンパク質は青色光吸収型とシアン色光吸収型とを可逆的に光変換することがわかりました。また、SesBタンパク質はc-di-GMPを分解する活性を持ち、それは青色光照射下に比べてシアン色光照射下で高い活性を示すことがわかりました。これによりSesBはc-di-GMPを介したシグナル伝達をオフにするシアン色光受容体であることが示唆されました。SesCタンパク質は青色光吸収型と緑色光吸収型とを可逆的に光変換することがわかりました。SesCタンパク質はc-di-GMPを合成および分解する活性の両方を持ち、青色光照射下でc-di-GMPを合成し、緑色光下でc-di-GMPを分解することがわかりました。よってSesCはc-di-GMPを介したシグナル伝達を制御する青/緑色光のデュアルセンサーであることが示唆されました。
次に本研究グループは三つの遺伝子の機能とその関連を解析するため、遺伝子の破壊株を作製しました。Thermosynechococcus vulcanus は低温下に青色光照射に依存したかたちで細胞が凝集を示すことが知られていたため、この細胞凝集への影響を調べました。sesB遺伝子破壊株を解析すると、青色光でのみならず、シアン光下でも細胞凝集が誘導されるようになることがわかりました。よってSesBはシアン光下で細胞凝集を抑制することによって、細胞凝集の誘導を青色光に限定し、結果としてこの応答の、光の色に対する感度を上げていることがわかりました。sesC遺伝子破壊株を解析すると、光の色に対する細胞凝集の応答が弱まることがわかりました。よってSesCは細胞凝集を制御するシグナル伝達の厳密性を上げていることがわかりました。

<社会的意義>
これらの解析から、複数のシアノバクテリオクロムがそれぞれ独特な性質をもち、ことなる役割を果たすことによって、シアノバクテリアが示す高感度かつ厳密な光受容機構を実現していることがわかりました(図1)。今回解明した、複数の光受容体の協調に基づいたシグナル伝達経路の理解が進めば、特定の色の光を照射することで自在に細胞の凝集を誘導でき、光合成によるバイオマス生産を恣意的にON/OFFすることや、効率的な細胞回収法を提供できることが期待できます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン版の場合:6月16日午前4時)
論文タイトル:Three cyanobacteriochromes work together to form a light color-sensitive input system for c-di-GMP signaling of cell aggregation
著者:Gen Enomoto, Ni-Ni-Win, Rei Narikawa, and Masahiko Ikeuchi
DOI番号:10.1073/pnas.1504228112
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2015/06/11/1504228112.abstract

6.問い合わせ先:

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
教授 池内 昌彦(いけうち まさひこ)
Tel:03-5454-6641
Fax:03-5454-4337
E-mail:mikeuchi[at]bio.c.u-tokyo.ac.jp
メールアドレスの[at]は@に置き換えてください。

7.用語解説:

(注1)シアノバクテリア
藍藻(らんそう)とも呼ばれる原核生物の一群。植物と同じように酸素を発生する光合成を行うことなどから、植物がもつ葉緑体の祖先と考えられている。

(注2)バイオマス生産
生物による有用物質の生産。とくに、植物やシアノバクテリアが行う光合成による生産物は、太陽光のエネルギーによって生産される再生可能エネルギーといえる。その過程で空気中の二酸化炭素を吸収することから、温室効果ガス排出対策の観点からも注目されている。

(注3)蛍光プローブ
特定の波長の光を照射すると、別の波長の光を発光する性質をもつ機能性分子。特定の細胞や細胞内の特定の部位に送り込むことにより、生きている細胞の中の様子をそのまま可視化するのに用いられる。

(注4) オプトジェネティクス (光遺伝学)
光学と遺伝学を融合した研究分野。自然に存在する光受容体、もしくは人工的に改変した光受容体を細胞に発現させ、外部から光刺激を加えることによって特定の応答を引き起こさせる。薬剤による処理などに比べて、①予期せぬ副作用の心配が少なく、②非常に短いタイムスケールで、③狙った細胞を特異的に (高い空間分解能で) 細胞の応答を制御できるという利点を持つことから、主に脳の神経回路を調べる研究で用いられている。

(注5) セカンドメッセンジャー
ある受容体が特定の情報伝達物質(ファーストメッセンジャー)を感知した際に、細胞の特定の応答を引き起こすために産生する、異なる情報伝達物質のこと。カルシウムなどのイオンや、サイクリックAMPなどの小分子化合物などが主に用いられる。

8.添付資料:

20150616topics.jpg

図1: 提唱したシグナル伝達経路

SesA光受容体は青色光下でc-di-GMPを合成する。合成されたc-di-GMPはセルロースを合成するタンパク質、Tll0007に結合し、そのセルロース合成を活性化する。合成されたセルロースが細胞の凝集を誘導する。シアン光下ではSesBがc-di-GMPを分解することにより、細胞の凝集が抑制される。SesCはSesAとSesBが合わさったような機能を果たすことで、同時に細胞内に存在する別のc-di-GMPシグナル伝達経路との混線を防ぎ、細胞凝集の応答の厳密性を上げる。

 

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