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2015.08.10
【研究発表】タンパク質が標的と結合する仕組みを解明
1.発表者:
新井 宗仁(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系 准教授)
2.発表のポイント:
◆新しいタイプのタンパク質である「天然変性タンパク質」が標的分子と結合する仕組みを解明した。
◆天然変性タンパク質は、折りたたみやすさに応じて2つの仕組みを使い分けて標的分子と結合する。
◆天然変性タンパク質には病気に関わるものが多く、それらのタンパク質が機能を発揮する仕組みの解明や創薬につながることが期待される。
3.発表概要:
生体内には多数のタンパク質が存在し、決められた相手と結合して機能を発揮しています。ひも状の分子であるタンパク質は通常、安定な構造に折りたたまれてから相手の分子と結合します(図1)。一方、新しいタイプのタンパク質である「天然変性タンパク質」は、単独ではひも状のままで揺らいでいますが、標的と結合するときに折りたたまれます(図1)。しかし、その詳細な仕組みは未解明でした。
東京大学大学院総合文化研究科の新井宗仁(あらい むねひと)准教授は、アメリカ合衆国スクリプス研究所のPeter E. Wright教授らの研究グループとの共同研究により、典型的な天然変性タンパク質が標的分子と結合する反応を核磁気共鳴分光法(注1)で測定しました。その結果、天然変性タンパク質は折りたたみやすさに応じて2つの仕組みを使い分けて標的分子と結合することを発見しました。
天然変性タンパク質には、がん、アルツハイマー病、パーキンソン病、狂牛病などのさまざまな病気に関与するタンパク質が含まれています。本研究の成果は、これらのタンパク質が機能を発揮する仕組みの解明や治療薬の開発につながると期待されます。
この研究成果は、米国科学アカデミー紀要のオンライン版に7月20日に掲載され、冊子版は8月4日号に掲載予定です。
4.発表内容:
(1) 研究の背景
生命活動を駆動しているのは、タンパク質という物質です。生命のプログラムであるDNAの塩基配列には、いつ、どこで、どんなタンパク質を作りなさい、という情報が書かれており、その設計図に基づいて生体内でさまざまなタンパク質が作られます。各タンパク質は、決められた相手と結合することによって機能を発揮します。例えば、抗体というタンパク質はウイルスなどの標的に結合します。また、酵素というタンパク質は、結合した分子を別の物質に変換します。ヒトの場合には数万種類のタンパク質がこのように働くことで生命活動が維持されています。したがって、タンパク質が標的と結合するというプロセスは、生命活動において最も基本的で重要なプロセスの一つです。
タンパク質は、多数のアミノ酸が鎖のようにつながった長いひも状の高分子です。生理的環境下(天然条件下)でタンパク質は、ひものさまざまな場所をらせん状やひだ状に折りたたみ、それらを集合させて特定のコンパクトな立体構造をつくります。従来から知られているタンパク質の多くは、このように球状の安定構造に折りたたまってから標的となる分子と結合します(図1)。一方、新しいタイプのタンパク質である「天然変性タンパク質」は、天然条件下においても特定の構造には折りたたまらず、ひもがとりうる多様な構造(変性した構造)の間をダイナミックに行き来して揺らいでいます。そして標的分子と結合するときに特定の構造に折りたたまれます(図1)。しかし、その詳細な仕組みはほとんど解明されていませんでした。天然変性タンパク質は、ヒトなどの真核生物が持つタンパク質の約3割を占めており、さまざまな生命活動に関与することから、天然変性タンパク質が標的分子と結合する仕組みの解明は、生命科学における重要な課題でした。
天然変性タンパク質が標的分子と結合する仕組みとして、2つの代表的なモデルが提唱されています(図2)。一つは「誘導適合機構」であり、天然変性タンパク質が標的分子と結合した後に折りたたまれるというモデルです。もう一つは「構造選択機構」です。天然変性タンパク質は単独ではひも状のままで揺らいでいますが、ある特定の構造に一時的に折りたたまれたときにのみ、標的分子と結合するというモデルです。2つのモデルでは結合と折りたたみの順番が異なります。
(2) 研究内容
c-Myb(注2)というタンパク質は典型的な天然変性タンパク質であり、KIX(注3)という標的タンパク質と結合して、2つのらせん状構造(ヘリックス)を形成します。研究グループは、c-Mybを天然変性タンパク質のモデルとして用い、これがKIXと結合する反応を、核磁気共鳴分光法によって詳細に解析しました。この方法は、タンパク質を構成している各アミノ酸の立体構造や動きを詳細に測定できる方法であり、タンパク質の折りたたみと結合の過程を、アミノ酸レベルの空間分解能で解析できます。実験の結果、c-Mybの片側半分(1つ目のヘリックスの領域)は構造選択機構によって標的分子と結合するのに対し、c-Mybの残り半分(2つ目のヘリックスの領域)は誘導適合機構で結合することが明らかになりました(図2)。つまり、1つのタンパク質内に2種類の仕組みが共存していました。また、2つの領域ではヘリックス構造への折りたたみやすさが異なっており、折りたたみやすさが結合の仕組みを決めることが示唆されました。
さらに、結合の仕組みや折りたたみやすさは、天然変性タンパク質の機能と関係することも示唆されました。c-Mybの機能は標的分子と結合することです。c-Mybはヘリックス構造に折りたたみやすい領域を持つため、生体内で合成されたらすぐに標的と結合して機能を発揮できます。一方、CREB(注4)という天然変性タンパク質は、誘導適合機構によってKIXと結合することが知られています。またCREBの機能は、リン酸化(注5)という修飾を受けた場合にのみ標的と結合することです。CREBはヘリックス構造を形成しにくいため、修飾されるまで標的と結合しにくいですが、リン酸化されると結合しやすくなります。それゆえ、リン酸化によって結合を制御可能になります。このように天然変性タンパク質は、それぞれの機能に応じて折りたたみやすさが異なり、結合の仕組みも異なることが示唆されました。
(3) 研究の意義・今後の展望
タンパク質がヘリックスやひだ状構造に折りたたみやすいかどうかは、現在、理論的に予測可能になってきています。それゆえ、タンパク質の折りたたみやすさが結合の仕組みを決めるという本研究の成果に基づいて、さまざまな天然変性タンパク質が標的と結合する仕組みを予測可能になると期待されます。天然変性タンパク質には、がん、アルツハイマー病、パーキンソン病、狂牛病などのさまざまな病気に関与するタンパク質が含まれています。本研究の成果は、今後、これらのタンパク質が機能を発揮する仕組みの解明や、これらが関与する病気の治療薬開発につながると期待されます。
本成果は、文部科学省と日本学術振興会の科学研究費補助金、倉田記念日立科学技術財団倉田奨励金、住友財団基礎科学研究助成、旭硝子財団自然科学系研究奨励(以上、新井准教授)、およびアメリカ国立衛生研究所のグランドCA096865(Wright教授)の支援の下、アメリカ合衆国スクリプス研究所の菅瀬謙治研究員(現・京都大学准教授)、H. Jane Dyson教授、Peter E. Wright教授との共同研究によって得られました。
5.発表雑誌:
雑誌名:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)(オンライン版2015年7月20日、冊子版2015年8月4日)
論文タイトル: Conformational propensities of intrinsically disordered proteins influence the mechanism of binding and folding
著者: Munehito Arai, Kenji Sugase, H. Jane Dyson, Peter E. Wright*
DOI番号: 10.1073/pnas.1512799112
論文URL: www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1512799112
6.問い合わせ先:
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系
准教授 新井 宗仁(あらい むねひと)
Tel/Fax:03-5454-6751
E-mail:arai[at]bio.c.u-tokyo.ac.jp
メールアドレスの[at]は@に置き換えてください。
7.用語解説:
注1)核磁気共鳴(NMR)分光法: 強力な磁石を使って物質の構造や動きを分析する方法の一つ。MRIと同様の原理を用いる。本研究では、マイクロ秒からミリ秒の時間域でのタンパク質の構造変化を、アミノ酸レベルの空間分解能で観測した。
注2)c-Myb: 生体内でタンパク質が作られるときには、まず、DNAの持つ遺伝情報がRNAに転写される。c-Mybは、未分化造血細胞の増殖に必要なタンパク質を作り出すための転写を促進する。DNAとKIXタンパク質の両方に結合する。本研究では、c-Mybにある天然変性領域のみを切り出した短いペプチド断片を用いた。
注3)KIX: CREB結合タンパク質(CBP)にある領域の一つであり、c-MybやCREBと結合する。CBPはこれらと結合して転写を助ける。
注4)CREB: 環状アデノシン一リン酸応答配列結合タンパク質のこと。長期記憶の形成に必要なタンパク質を作り出すための転写を促進する。DNAとKIXタンパク質の両方に結合する。
注5)リン酸化: タンパク質は生体内で合成されたあと、さまざまな化学的修飾を受ける。リン酸化はそのような修飾の一つであり、セリンなどのアミノ酸にリン酸が付加される。タンパク質の機能を調節する際に用いられることが多い。CREBタンパク質内のKIX結合部位にあるセリンがリン酸化されると、KIXに結合しやすくなる。
8.添付資料:
図1:多くのタンパク質と天然変性タンパク質の違い。
図2:天然変性タンパク質c-Myb(赤と青)が標的タンパク質KIX(緑)と結合する仕組み。c-Mybの上半分の領域(赤)は構造選択機構で結合し、下半分の領域(青)は誘導適合機構で結合する。