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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2015.11.25

【研究発表】生物は変わらないために変わる ~周期が変わらない体内時計が時 刻合わせできる理由を解明~

1.発表者:

畠山 哲央(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 助教)
金子 邦彦(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系 教授、
東京大学大学院総合文化研究科附属複雑系生命システム研究センター長)

2.発表のポイント:

◆体内時計の周期が環境変動に対して変わりにくいことと、体内時計が毎日の環境変動でリセットされ時刻合わせできることは知られていたが、両者の関係は分かっていなかった。
◆一見相反するようなこれらの性質が、周期を変えないためには体内時計を構成する化学物質の量を変えなければならない、という事実から統一的に理解できることがわかった。
◆本研究は、時差ぼけなどの新規の治療戦略への応用が期待されるほか、生物が環境に適応するための一般原理の解明に繋がることが強く期待される。

3.発表概要:

多くの生物は、生体内に約24時間周期の体内時計を持っています。体内時計は、一日の温度変化に対してうまく時刻合わせをすることができます。一方で、周囲の温度が変化しても体内時計の周期はほとんど変わりません。これは、温度に対して位相(注1)が柔軟に変化できる可塑性(注2)と、温度に対して周期が変化しない頑健性という、一見相反するような二つの性質を体内時計が両立していることを意味します。体内時計がどのようにしてこれらの性質を両立させているのかは、約60年もの間分かっていない謎でした。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系の畠山哲央助教と金子邦彦教授の研究グループは、計算機シミュレーションと理論生物物理によってこの謎を解明しました。本研究グループは、温度変化が周期に与える影響を打ち消すためには、体内時計を構成する化学物質の濃度を温度に応じて変化させなければならないことを見出しました。そして、その化学物質の濃度変化が位相の変化をもたらすことが分かりました。それにより、体内時計が温度変化に対して頑健であれば頑健であるほど、温度変化に対して時刻合わせがより容易になる、つまり位相がより可塑的になるという互恵的な関係があることを示しました。この関係は温度以外にもさまざまな環境変化について成り立ちます。本研究成果は、体内時計が環境に適応する仕組みを明らかにするだけでなく、生物が環境に適応するための一般的な原理に繋がると考えられ、今後の発展と応用が期待できます。

4.発表内容:

生物は、周囲の環境が変わってもある性質を一定に保つ頑健性と、環境変動に対して性質を柔軟に変化させられる可塑性という、一見相反するような二つの性質を同時に示す事が知られています。この二つの性質は、環境変動に生物が適応するために、どちらも重要であると考えられており、進化のレベルから細胞のレベルまでさまざまな階層で両立しています。

概日リズムも頑健性と可塑性を両立していることが知られています。概日リズムはバクテリアからヒトまで、さまざまな生物が持っている約24時間周期の体内時計で、温度や周囲の栄養環境が変化しても周期が頑健に保たれるという温度・栄養補償性と、周囲の明暗や温度などの環境が変化した際に同期できるという位相の可塑性を示すことが知られています。これらの二つの性質はどちらも、体内時計が日々の変動する環境の中で正しく時を刻むのに重要だと考えられています。しかし、周期の頑健性と位相の可塑性という二つの性質を、生物がどうやって両立させているかは分かっていませんでした。

そこで、畠山哲央助教らの研究グループは、バクテリアとショウジョウバエの体内時計をモデル化して、計算機の中でシミュレーションをおこないました。その結果、ある環境が変化した時に周期を一定に保ちやすい時計は、同じ環境の変化に対してより同期(注3)しやすいという関係が、どちらの時計でも成り立つという事を発見しました(図1)。これは、周期が変わりにくいという有利な特性があれば、位相が変わりやすいという有利な特性が同時に得られるという互恵的な関係が、周期の頑健性と位相の可塑性の間に成り立つことを意味します。また、周期の変化量と位相の変化量の合計が一定になるという定量的な関係が成り立つ事も分かりました。バクテリアとショウジョウバエでは振動を作り出す分子的な仕組みが違うにも関わらず同じような現象が確認されたことは、互恵的関係を生み出すための普遍的な仕組みがあることを意味します。

ではなぜ互恵的な関係が実現されるのでしょうか。畠山助教らは、周期の頑健性が実現されている時には、周囲の環境の変化にあわせて、時計を構成する一部の化学物質の量が変化しているという点に注目しました。この化学物質の量は、時計の周期を決める律速反応の速度の変化を打ち消す、いわばバッファーのように働いていることが分かりました。もしバッファーとなる化学物質の量の変化が十分大きければ、周期の変化を打ち消すことができます。そして、その時に一過的に化学物質の量が大きく変化し、それが位相の変化をもたらすことが分かりました。この、周期を変えないためには内部の化学物質の量を変えなければならない、ということから周期の頑健性と位相の可塑性の互恵的関係が出てくることが分かりました。これにより互恵的関係を生み出すための普遍的な仕組みを見出しました。

この仕組みは、環境適応機構の一つとして知られていたフィードフォワード(注4)と非常に良く似ています(図2)。そこで、実際にフィードフォワードを取り入れた時計のモデルを解析したところ、実際に周期の頑健性と位相の可塑性が再現される事がわかりました。

この結果により、体内時計が環境に適応する仕組みを明らかにしました。この結果は、将来的には時差ぼけの新しい治療戦略などの開発に役立つことが期待できます。また、生物が変わらないためには変わらなくてはいけない、という今回見つけた原理は、さまざまな階層で成り立つことが期待できます。これを応用することにより、さまざまな現象においてどのようにして頑健性と可塑性を両立しているかの理解と、生物が環境に適応するための原理の解明に繋がることが期待できます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Physical Review Letters」 11月20日(米国東部時間)掲載
論文タイトル:Reciprocity between Robustness of Period and Plasticity of Phase in Biological Clocks
著者:Tetsuhiro S. Hatakeyama* , Kunihiko Kaneko
DOI番号:http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.218101
アブストラクトURL:http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.115.218101

6.問い合わせ先:

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系
助教 畠山 哲央
hatakeyama[at]complex.c.u-tokyo.ac.jp
(メールアドレスの[at]は@に置き換えてください。)

7.用語解説:

(注1)周期と位相:
周期というのは、定期的に同じことが繰り返される現象において、もとの状態に戻るまでの時間を指す。例えば、一般的なアナログ時計の例でいえば、12時間で短針が一周するため、周期は12時間である。一方の位相というのは、同様の繰り返される現象において、ある状態の周期の中での位置を指す。アナログ時計の例でいえば、12時30分、3時15分、といった一つ一つの時刻が一つの位相に対応する。

(注2)可塑性と頑健性:
可塑性というのは元来、ものに力を加えると変形し、力が無くなってもそれが維持されることを意味する言葉で、それが転じて生物学では、環境が変動した時に振る舞いや形などを柔軟に変化させられる性質を指す。例えば、ある種の昆虫が生息する環境によって大きくその姿形を変えるのは可塑性の例である。一方の頑健性は、環境が変動しても振る舞いや形などが変化しない性質を指す。例えば、外部の気温が変化しても恒温動物が体温を一定に保つのは、頑健性の例である。

(注3)同期:
ある振動している現象が、他の振動している現象と、位相が揃った状態になること。例えば、海外に行って時差ぼけになった際、数日で現地の時間に体調を合わせられるのは、体内時計が現地の日周リズムに同期するからである。

(注4)フィードフォワード:
外部の環境が変化したときに、その変化がもたらす影響を予知して、あらかじめその影響を減らす、あるいは増やすように働きかける仕組み。生物では、細胞間の連絡などにフィードフォワードが用いられている事が知られている。

8.添付資料:

20151125topics-fig01.jpg

図1:周期の頑健性と位相の可塑性の互恵的関係

20151125topics-fig02.jpg

図2:フィードフォワードによる互恵的関係の実現
 

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