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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2016.07.12

【研究発表】脊椎動物胚の外胚葉細胞群にかかる張力を非侵襲的に実測することに成功

1.発表者:

山下慧(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 学振研究員)
坪井貴司(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)
石鍋菜々子(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 大学院生)
北口哲也(早稲田大学バイオサイエンスシンガポール研究所)
道上達男(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)

2.発表のポイント:

●FRET現象を利用した改良張力プローブを作製した。
●培養細胞でプローブを評価し、正しく張力に応答していることを確認した。
●ツメガエル胚に張力プローブを微量注入し、胚の外胚葉にかかる張力を1細胞レベルで非侵襲的に計測することに成功した。

3.発表概要:

2種の蛍光タンパク質とそれらを連結する「ばね」タンパク質、およびアクチン結合タンパク質であるアクチニンから構成されるいわゆる“張力プローブ”をアフリカツメガエル胚に導入することで、胚の外胚葉細胞全体にかかる張力について、生きた状態のまま非侵襲的に実測することに成功しました。これまでは、細胞にかかる張力を胚全体で同時に計測出来た例はほとんどないため、本実験系は様々な細胞生物学・発生生物学の研究に応用できることが期待できます。

4.発表内容:

近年、細胞にかかる張力が細胞分化や形態形成に重要であることを示す研究は、いわゆる「メカノバイオロジー」と呼ばれ、生物学の新しい潮流の一つとして注目されています。細胞にかかる張力を計測する手法は、これまで様々な方法が開発されてきました。例えば、原子間力顕微鏡を用いる方法では、細胞にカンチレバーを押し当て、その移動度を測定することで細胞にかかる張力が測定できます。あるいは、着目する細胞の細胞膜の一部をレーザーなどで破壊(laser ablation)し、その後の細胞の形状変化を観察することで細胞張力を推測するといった手法もあります。しかし、原子間力顕微鏡による方法では多数の細胞の張力を同時に計測することができませんし、膜破砕法では細胞そのものを傷つけてしまうため、張力の経時計測はできません。そのような中、FRET現象を利用した張力計測が注目されています。FRET(蛍光共鳴エネルギー転移)とは、一方の蛍光タンパク質から発せられたエネルギーがもう別の蛍光タンパク質に転移し蛍光が発せられる現象で、2つの蛍光タンパク質の距離に依存します。つまり、両者の距離が離れるとFRETは起こらず、逆に近いとFRETが生じます。そこでFRETを利用し、両蛍光タンパク質の間に“ばね“タンパク質を、蛍光タンパク質の両端に、細胞骨格結合タンパク質を連結した融合タンパク質(これを張力プローブと呼びます)を細胞内で発現させることで、張力の強弱をFRET値の強弱に反映させることが可能となります(図上)。

FRETプローブによる張力計測実験は2011年に初めて報告され、これまで培養細胞を用いていくつかの研究成果が報告されてきました。発生学の観点から、全胚に張力プローブを導入し、発生過程のどの細胞にどのような張力が発生しているかを調べることはいわば当然の流れですが、これまで全胚で張力を実測できたという研究結果はほとんどありませんでした。今回の研究では、これまでよく使われてきたCFPとVenusという二つの蛍光タンパク質の組み合わせではなくGFPとmCherryを用い、リンカータンパク質としてSpiderSilkタンパク質、アクチン結合タンパク質としてアクチニンを用い張力プローブを構築し、張力の実測を試みました。まず培養細胞を用い、①通常時、②アクチン重合阻害時、③ミオシン阻害時、④浸透圧変化時に、FRET値の変化が観察出来るかを調べた結果、コントロールプローブでは変化が生じない一方、張力プローブでは予想される変化が生じることが分かりました。次に、ツメガエル胚に張力プローブを微量注入したところ、非常に興味深いことに、外胚葉の場所に応じて張力に違いがあること、特に外胚葉における予定神経領域では予定表皮領域よりも強い張力がかかっていることを見出しました(図下)。

本研究成果において最もインパクトがある点は、ツメガエル胚全体について、固定などを行わず、すなわち生きたままで張力の強弱を細胞単位で実測できたことにあります。これは、線虫において調べられた唯一の例を除き世界で初めての成果です。実際、上述の通り、発生生物学の観点からは多くの研究者が関心を持つ実験であるにもかかわらず、その成果がこれまで示されてきませんでした。この困難性を克服した理由は、恐らく蛍光タンパク質の種類を変えたことで、FRET計測が最適化されたことが挙げられます。しかも、ツメガエル胚は蛍光イメージングには必ずしも適していない材料であるにもかかわらずFRET計測ができたことは、この張力プローブが他の多くの胚に適用可能であることを示しており、今後多くの研究者に利用されることが期待されます。

<図>
20160712-f01.png

(上) FRET解析の概要。張力が弱い時には二つの蛍光タンパク質の距離が縮まり高いFRET値を示す。一方、張力が強くかかると距離が広がりFRETが低くなる。このプローブはアクチン繊維に結合する。

(下)ツメガエル原腸胚における張力実測。予定神経領域では張力が強く、表皮領域では張力が弱い結果を得ることができた。

5. 発表雑誌:

雑誌名:Scientific Reports 6: 28535(2016), doi:10.1038/srep28535
論文タイトル:Wide and high resolution tension measurement using FRET in embryo
著者: Satoshi Yamashita, Takashi Tsuboi, Nanako Ishinabe, Tetsuya Kitaguchi, Tatsuo Michiue
論文URL: http://www.nature.com/articles/srep28535

6.問い合わせ先

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系
教授 道上 達男
Email: tmichiue@bio.c.u-tokyo.ac.jp

 

 

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