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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2022.08.18

【研究成果】光に対して安定なのに、光で分解できる材料を開発 ――長く使えて環境にやさしい材料へ

東京大学大学院総合文化研究科
科学技術振興機構(JST)

発表者

寺尾 潤(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
正井 宏(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
ラッセル 豪 マーティン(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程)


発表のポイント

  • 従来の光分解性材料はその分解性のために、光の下で長時間利用できないという問題点があった。そこで、光に対する安定性と分解性を両立させた新しい材料の開発に取り組んだ。
  • 新しい分解方法として、光と酸がそろった時のみ分解可能な高分子材料を開発することで、光に対して安定でありながらも、酸の存在下で光分解できる材料を実現した。
  • 分解性プラスチック材料や光微細加工された機能性材料などが、身の回りでも長期間利用可能になるなど、環境的・産業的に有用な材料の創成に貢献すると考えられる。

発表概要

 光分解性材料は、人工的な光や自然光によって材料を分解可能であることから、環境調和型の材料として有望視されています。同時に光分解性材料は、局所的な分解を利用した材料微細加工など、産業的にも広く応用されてきました。その一方で、光分解性材料は光が当たると分解されてしまうため、材料を光の下で長時間利用することができません。この本質的な問題は、光分解性材料を身の回りで利用し続ける上での大きな制約になっていました。

 東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、ラッセル豪マーティン大学院生らは今回、光が単独で作用し分解を引き起こすのではなく、光と酸を同時に作用させた時のみ材料を分解させる技術を開発しました。すなわち、酸を用いることで光分解や光微細加工が可能でありながらも、酸が存在しない状況では光に対する長期安定性を材料が有するという、従来の問題点を打開した新しい光分解性材料が実現しました。

 本研究によって、光の下でも長期的に使用可能で、かつ使用者が意図したタイミングで光分解できるプラスチック材料など、環境的・産業的に有益な材料の創成に貢献すると考えられます。


発表内容

 光によって分解する材料は光分解性材料と呼ばれており、人工的な光や自然光を照射することによって材料を分解可能であることから、高い環境調和性を有する材料として有望視されています。同時に、光分解性材料は産業においても広く利用されており、光の微細加工性を利用したフォトレジストやドラッグデリバリー材料など、医療・電子・プロセス工学といった多岐にわたる分野で応用されてきました。しかしその一方で、光分解性材料は光が当たると分解されてしまうため、材料を光の下で長期間利用し続けることができないという本質的な問題を有しています。この点は、環境調和性の高い材料としての光分解性材料や、光の微細加工性を活用した機能性材料を、身の回りで長期にわたって利用する上での大きな制約となっていました。

 東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、ラッセル豪マーティン大学院生らは今回、光に対する安定性と分解性という、相反する2つの性質を両立する新しい材料の開発を目指しました。本研究グループが着目したのは、材料の使用中は光に対して安定でありながらも、特殊な条件下では速やかに光分解可能な状態へと切り替えるという戦略です。これを実現するための方法として、光と酸が同時に作用することで材料を分解する協働分解技術を開発しました。つまり、光が単独で作用し分解を引き起こすのではなく、光と酸を同時に作用させた場合のみ、材料を分解させる技術です。これを実現することによって、人工的な分解プロセスにおいて速やかな光分解や光微細加工が可能でありながらも、酸が存在しない状況では光に対する長期安定性を材料が有するという、従来の問題点を打開した新しい光分解性材料が実現しました(図1)。


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図1.従来の光分解性材料と本成果の材料における光安定性の差を示す概念図(H+:酸)

 このような光分解性材料として、本研究グループは高分子材料の一種であるポリメタクリル酸メチルに対して、白金錯体(注1)を架橋剤(注2)として少量導入することで、ゲル材料(注3)を作製しました。この白金錯体は、メチル化シクロデキストリン(注4)を環状分子とする超分子構造を有しており、365 nmの紫外光(光)と塩化水素(酸)という2つを同時に作用させた時のみ、白金-炭素結合の分解反応が進行します。そのため、この白金錯体を含むゲル材料は、光照射下においては高い安定性を示しながらも、光と酸を同時に作用させた場合のみ、速やかに分解可能な材料であることが示されました(図2)。


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図2.ポリメタクリル酸メチルおよび、光と酸の協働分解性を示す白金錯体から成るゲルとその分解の概念図

 加えて、この材料は光と酸で分解可能でありながら、光に対して安定であるという性質に着目し、材料の発光を光で制御することも実現しました。従来、ブラックライトなどの光を照射することで鮮やかに光る発光材料は、光が照射される環境下での利用を前提にしているため、光分解技術との融合が困難とされてきました。一方で、本研究は光と酸で協同的に分解しつつ、光に対して安定であるため、発光材料に対しても、光を用いた制御が可能になりました。今回、分解に伴って発光色が黄色から青色へと変化する材料に対して、光と酸を用いた微細加工により文字列をプリントしたゲル材料は、白色光の下では透明でありながらも、ブラックライト(365 nmの紫外光)照射下で文字列を発光色の違いとして浮き出すことに成功しました。

 このように光と酸による協働分解技術は、微細性や遠隔制御に優れた光加工技術を、発光材料を含む様々な「光の下で利用する機能性材料」に対して付与できることを意味しています。すなわち本研究によって、光分解性に基づくサスティナブル材料や、光加工に基づく機能性材料が、光の下でもより長期的に使用し続けられることで、より環境にやさしく豊かな社会の実現に貢献すると考えられます。

 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「光安定材料への酸添加による協働的光分解技術の創成(JPMJPR21N8)」、科研費「プロトンと光を用いた高分子材料の反応性と機能性の自在制御(課題番号:JP21H00018)」、日本学術振興会、東京大学光イノベーション基金、天田財団、野口遵研究助成金、矢崎財団、東電記念財団の支援を受けて実施されました。


発表雑誌

雑誌名:「Advanced Functional Materials」(オンライン版:8月9日)
論文タイトル:Transient Photodegradability of Photostable Gel Induced by Simultaneous Treatment with Acid and UV Light for Phototuning of Optically Functional Materials
著者:Go M. Russell, Takashi Kaneko, Saqura Ishino, Hiroshi Masai,* and Jun Terao*
DOI:10.1002/adfm.202205855


用語解説

(注1)錯体:金属イオンと有機化合物が結合した分子の総称。
(注2)架橋剤:鎖状の高分子材料に対して結合することで、分岐点となる物質の総称。鎖状高分子と架橋剤を組み合わせることで、三次元的な高分子ネットワーク構造を形成する。
(注3)ゲル材料:高分子が三次元的なネットワーク構造を形成し、その内部に溶媒を含む材料の総称。
(注4)シクロデキストリン:糖類の一種であるグルコピラノースが環状に連結することで構成される環状の分子。様々な分子を内側に取り込む性質がある。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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