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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2022.10.03

【研究成果】光合成タンパク質複合体の修復メカニズムの一端を解明――リパーゼによる光化学系II複合体の解体がその後の修復を促進する――

発表者

神保 晴彦(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
和田 元(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)


発表のポイント

  • 光化学系II複合体に含まれる脂質分子が、リパーゼによって分解されることで、タンパク質複合体が解体され、修復されることを明らかにした。
  • 光合成タンパク質複合体の解体・修復に、膜脂質の分解というステップがあることを発見した。
  • 光合成の修復機構は、タンパク質の代謝回転に着目した研究がほとんどで、脂質や他の小分子については注目されてこなかった。本研究成果は、光合成タンパク質複合体の修復にタンパク質だけではなく、脂質分子が関わっていることを示し、今後の研究に新たな重要な視点を与える画期的なものである。

発表概要

 光化学系II複合体(PSII)(注1)は、光合成反応のうち、光エネルギーを使って水を酸素に分解する重要な働きを持っていますが、過剰な光エネルギーを受けると容易に失活してしまいます。光合成生物は、失活したPSIIを迅速に解体・修復する機構を持っており、それによって光合成活性を維持しています。PSII修復の過程では、まずPSIIのタンパク質超複合体を解体する必要がありますが、その分子メカニズムは明らかではありませんでした。

 東京大学大学院総合文化研究科の神保晴彦助教と和田元教授は、PSIIに含まれる脂質分子に着目し、脂質分子を分解するリパーゼ(注2)酵素の働きによって、PSII超複合体が解体されることを明らかにしました。

 これまでのPSII修復の研究は、高速で代謝回転されるタンパク質分子にのみ着目した研究がほとんどで、脂質などの補因子については見過ごされてきました。本研究の成果は、光合成の機能だけでなく、活性制御や修復などのダイナミックな変化においても、脂質分子が関わるという新しい視点を示し、光合成分野の研究の方向性を大きく転換させた点で非常に意義深いものとなっています。光合成研究の発展によって、将来、光合成生物を用いた物質生産研究の進展が期待されます。

 本研究成果は、2022年10月3日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Plant Physiology」のオンライン版に掲載されました。


発表内容

 太陽から降り注ぐ光は、地球上の光合成を駆動するエネルギー源となり、私たちヒトを含むほぼ全ての生物の生命を支えています。光合成を行う微生物であるシアノバクテリア(注3)では、光合成活性はおよそ200 μmol photons m-2 s-1 の光強度で最大に達します。太陽からの光強度は、日中に1,000〜2,000 μmol photons m-2 s-1に達し、過剰となった光エネルギーは光合成を阻害してしまいます。強光下においては、水を酸素に分解する反応を担う光化学系II(PSII)が優先的に損傷を受けます。光合成生物は、損傷したPSIIを迅速に解体・修復することで、光合成活性を維持することができますが、損傷の速度が修復の速度を上回ると光合成活性の低下を引き起こします。これは、光合成の光阻害と呼ばれる現象です。これまでのPSII修復に関する研究では、タンパク質にのみ着目した研究がほとんどで、PSIIに含まれる脂質については見過ごされてきました。また、PSII修復の際に起こる解体メカニズムに関しては、不明でした。

 そこで、東京大学大学院総合文化研究科の神保晴彦助教と和田元教授は、PSIIに含まれる脂質分子に着目し、脂質を分解するリパーゼ酵素のPSII修復における役割について研究を進めました。本研究では、シアノバクテリアの一種であるSynechocystis sp. PCC 6803を用いました。このシアノバクテリアには、3つのリパーゼタンパク質が存在し、そのうち最もシアノバクテリア種間で保存されているSll1969タンパク質について、生化学的に解析しました。その結果、このリパーゼはPSIIの二量体に特異的に結合しており、葉緑体やシアノバクテリアのチラコイド膜(注4)を構成する4種類の膜脂質のうち、ガラクトースが付加されたモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)及びジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)(注5)を特異的に分解することを明らかにしました(図)。さらに、貯蔵脂質であるトリアシルグリセロール(TAG)(注6)も分解することが明らかになりました。また、Sll1969遺伝子を欠損した変異株を作製し、PSII修復への影響を解析したところ、PSIIの二量体が単量体となる速度が遅く、損傷したタンパク質の分解が遅くなっていることが明らかとなりました。これらの結果は、PSIIの内部に存在するMGDGなどの脂質分子の分解が鍵となって、PSIIの解体・修復が行われることを示唆しており、これまでタンパク質を中心に考えられてきた修復メカニズムに一石を投じる研究成果であるといえます。

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図. 光化学系II二量体(PSII dimer)は、強光などによって失活すると、細胞内の働きによって修復されます。本研究において、PSII dimerの境界面にあると考えられるMGDGが、LipAというリパーゼによって、脂肪酸が1つ結合したLyso-galactolipidsと遊離脂肪酸(FFA)に分解されると、PSII dimerが単量体化し光化学系II 単量体(PSII monomer)へ解体されます。その後、更なる解体及び分解を経て、PSIIは修復され、活性型へと戻ります。

 今後は、PSIIが単量体からさらに解体される際に働く分子について研究を進め、PSIIの修復機構を、タンパク質だけではなく脂質の観点からも解き明かしていく予定です。本研究の成果は、すぐに社会的に影響を及ぼすものではありませんが、今後、光合成生物を用いた物質生産研究において、脂質の重要な役割を考慮するための知見となると期待されます。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究「光合成の修復における脂質代謝機構の解明」(研究代表者:神保 晴彦、JP19K16161)、基盤研究(C)「光化学系II複合体のアセンブリーと修復の動的な過程における脂質の機能」(研究代表者:和田 元、JP20K06701)の支援により実施されました。


発表雑誌

雑誌名:「Plant Physiology」(オンライン版:2022年10月3日掲載)
論文タイトル:Deacylation of galactolipids decomposes photosystem II dimers to enhance degradation of damaged D1 protein
著者:Haruhiko Jimbo* and Hajime Wada
DOI番号:10.1093/plphys/kiac460


用語解説

(注1)光化学系II複合体(PSII)
光合成は、光エネルギーを使って、エネルギーを生み出す反応(光合成電子伝達反応)と二酸化炭素を固定する反応(二酸化炭素固定反応)の2つに分けることができます。PSII複合体は、光合成電子伝達反応において、水を分解して、電子を抜き出す役割を担っています。PSIIは、20種類以上のタンパク質分子と100分子以上の補因子(色素・金属イオン・脂質・キノンなど)が緻密に配置、構成されており、さらに、これが二量体となるタンパク質超分子複合体です。

(注2)リパーゼ
リパーゼは脂質を分解する酵素で、切断する部位によってリパーゼA、リパーゼC、リパーゼDと分類されます。本研究では、脂質に結合した脂肪酸部分を切断する活性を持つリパーゼAについて解析を行いました。

(注3)シアノバクテリア
シアノバクテリアは、酸素発生型光合成を行う原核生物です。約27億年前に誕生したバクテリアの祖先が光合成によって地球の酸素濃度を上昇させたことで、酸素呼吸を行う真核生物の誕生や生物の陸上進出を促進したと考えられています。

(注4)チラコイド膜
シアノバクテリアや植物細胞の葉緑体には光合成の場であるチラコイド膜という生体膜が存在し、その膜は糖を結合した3種類の糖脂質とリンを結合した1種類のリン脂質からなります。チラコイド膜に存在する唯一の主要なリン脂質であるホスファチジルグリセロールは、光合成の機能に必須であることがわかっています。

(注5)モノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)及びジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)
チラコイド膜の半分以上はガラクトースという糖が頭部に結合したガラクト糖脂質で構成されています。そのうちガラクトースが1つ結合したものをモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)、2つ結合したものをジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)と呼びます。

(注6)トリアシルグリセロール(TAG)
チラコイド膜を構成する膜脂質には、グリセロールに2つの脂肪酸が結合していますが、3つの脂肪酸が結合した物質をトリアシルグリセロール(TAG)といいます。TAGは、バイオディーゼルの原料にも使われるため、現在世界中の研究者が光合成生物を使ってTAGを生産する研究を行っています。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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