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最終更新日:2022.11.25

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トピックス 2022.11.25

【研究成果】ツキノワグマは冬眠期に筋肉を省エネモードに変化させることで 筋肉の衰えを防止していることを発見

広島大学
北海道大学
神奈川大学
東京大学大学院総合文化研究科


成果のポイント

  • 冬眠期のツキノワグマの筋肉を活動期と比較したところ、長期間の絶食・不活動にもかかわらず、冬眠中でも筋肉が全く衰えていないことを確認しました。
  • 冬眠中のクマの筋肉細胞では、筋肉を構成するタンパク質の合成・分解の制御系の両者ともに顕著に抑制される「省エネモード」にあることを明らかにしました。
  • 筋肉内の有酸素系エネルギー代謝を制御するミトコンドリア関連制御因子の遺伝子発現や酵素活性も、冬眠期の筋肉では顕著に抑制されていました。
  • これらの成果は、長期間の不活動・栄養不良を経験し、それでもなお筋肉や運動機能が衰えないという冬眠動物の特徴を説明するものであり、将来的にはヒトの寝たきり防止や効果的なリハビリテーション手法の開発につながることが期待されます。

概要

広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学の宮﨑充功准教授は、北海道大学大学院獣医学研究院環境獣医科学分野野生動物学教室の下鶴倫人准教授・坪田敏男教授、神奈川大学人間科学部の北岡祐准教授、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系身体運動科学研究室の高橋謙也助教らの研究グループとの共同研究により、冬眠期のツキノワグマ骨格筋は、省エネモードに入ることで栄養素としての筋タンパク質の分解を抑えることにより、「不活動でも衰えない筋肉」となることを明らかにしました。
本研究成果は、2022年11月16日(アメリカ東部標準時)に、米国オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。


背景

「Use It or Lose It」
骨格筋(体を動かす筋肉)は、運動・トレーニングなどで使えば使うほど強く・大きくなり、一方で怪我や病気などで不活動状態に陥ると弱く・小さく衰えていくことが知られています。「筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態」をサルコペニアといい、高齢社会を迎えた日本でも大きな社会問題となっています。サルコペニアは、加齢や不活動、種々の疾患の影響など様々な要因が複合的に関与することにより引き起こされます。現在のところ、最も効果的なサルコペニアの防止・改善方法は身体運動(いわゆる筋トレやリハビリテーション)ですが、怪我や病気の影響で運動したくても出来ない場合や、絶対安静が必要で身体を動かしてはいけない患者さんなど、不活動による身体の衰え(廃用症候群)に直面している方が多くいらっしゃいます。

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「No Use but No Lose」
一方でクマやリス・ハムスターなどの冬眠動物は、半年間に及ぶ長期の不活動・栄養不良を経験するにも関わらず様々な身体機能を維持することができる、"使わなくても衰えない身体"という特性を有しています。ヒトの筋肉の場合、ベッドレストなどの不活動状態に陥ると筋タンパク質量・発揮筋力は1 日あたり0.5-1.0%程度の割合で減少し、サルコペニアの進行が加速されます。しかし冬眠動物の場合、筋肉の大きさや発揮される筋力が冬眠前後で全く変化しない(リスの場合、Andres-Mateos et al., EMBO Mol Med 2013)、または一定程度は減少するがヒトに比較して非常に軽微である(クマの場合、Miyazaki et al., PLOS ONE 2019)という、筋肉の衰えを防ぐことができる未解明の生理機能が存在します。


研究成果の内容

宮崎准教授らの研究チームはこれまで、冬眠動物であるツキノワグマを対象とした検討の結果、冬眠中のクマにおける骨格筋の廃用性変化は、ヒトを含むその他の動物種に比較して極めて限定的であることを報告していました(Miyazaki et al., PLOS ONE 2019)。しかしながら、冬眠中にどのような適応変化が生じることで筋肉の衰えを防いでいるのか、その詳細は全く解明されていません。

「冬眠中のクマの筋肉は全く衰えていない」
本研究では最初に、冬眠期のツキノワグマ(8頭)の筋肉を採取し、同一個体の活動期との比較分析を行いました。その結果、骨格筋線維サイズや遅筋・速筋線維(*1)の割合などに全く変化がない、つまり冬眠中でも全く衰えていないことを確認しました。

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A:体重、B:筋線維横断面の免疫組織染色像(赤色;遅筋線維、黒色;速筋線維、緑色;ジストロフィン)、C:筋線維横断面積、D:筋線維の短径、E:遅筋線維の比率、活動期(Act)と冬眠期(Hib)を比較した場合、体重(A)や筋線維の大きさ(B, C, D)、筋線維タイプの比率(E)などに全く変化が認められない。

「タンパク質合成・分解制御系の両者とも、冬眠に伴い顕著に抑制される」
次に筋タンパク質の合成制御系であるAkt/mTOR系(*2)やMEK/ERK経路(*3)の活性化状態を測定したところ、冬眠期の骨格筋では顕著に抑制されていました。

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(A-D)mTOR 経路の下流に存在するribosomal protein S6 のリン酸化および総タンパク質量の変化、(E-G)ERK1/2 のリン酸化および総タンパク質量の変化、各指標の活性化状態を示すリン酸化タンパク質量が、活動期(Act)に比較し、冬眠期(Hib)の骨格筋において顕著に減少する。

またタンパク質分解制御機構の指標となるUb-Proteasome系(*4)およびオートファジー系(*5)に関与する各因子の遺伝子発現量を測定したところ、こちらも冬眠期の骨格筋では大きく抑制されることが明らかになりました。

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骨格筋タンパク質分解系の制御因子のうち、Ub-Proteasome 系に含まれるAtrogin1(B)やMurf1(C)、オートファジー系に関与する各因子(D-F)の遺伝子発現量の変化。いずれの指標も活動期(Act)に比較し、冬眠期(Hib)の骨格筋において顕著に遺伝子発現が抑制される。

冬眠期のクマ骨格筋では、「タンパク質を作る」「タンパク質を壊す」という命令系統の両者ともに、顕著に抑制されていることが明らかになりました。また、さらに解析を進めたところ、冬眠期のクマ骨格筋では、酸素を使いながら脂質・糖質からエネルギーを取り出す、有酸素系エネルギー代謝を制御するミトコンドリア関連制御因子の遺伝子発現や酵素活性も、顕著に抑制されていました。

このように冬眠期のクマ骨格筋では、活動期に比較して、タンパク質代謝および脂質代謝を調節する各制御系が、いずれも大きく抑制されていることが明らかとなりました。これは、長期の絶食を伴う冬眠期において、「省エネモード」に入ることでエネルギーの無駄遣いを防ぎ、冬季環境を生き抜くための適応戦略であろうと考えられます。


今後の展開

冬眠動物は、生命維持のために一定程度のエネルギー代謝を維持しながら長期間の不活動・栄養不良を経験し、それでもなお筋肉がほとんど衰えないという、不思議な形質を備えています。本研究により、冬眠期のクマ骨格筋では、筋肉を「省エネモード」に変化させることで筋タンパク質代謝を下げ(合成も分解もどちらも下げる)、結果として筋肉量を維持させているということが明らかになりました。しかしながら、この冬眠という省エネモードのスイッチが何なのか、その特定には現在も至っていません。この因子の特定を含め、冬眠動物が有する「使わなくても衰えない筋肉」という未解明の仕組みを明らかにすることで、最終的にはヒトの寝たきり防止や効果的なリハビリテーション手法の開発などが期待されます。


論文情報

雑誌:Scientific Reports 12, 19723 (2022).
論文タイトル:Regulation of protein and oxidative energy metabolism are down-regulated in the skeletal muscles of Asiatic black bears during hibernation
著者:Mitsunori Miyazaki*, Michito Shimozuru, Yu Kitaoka, Kenya Takahashi, Toshio Tsubota
DOI番号:10.1038/s41598-022-24251-0


用語解説

(*1)遅筋・速筋
骨格筋線維は、収縮速度や疲労耐性の違いにより、遅筋・速筋に分類される(さらに細かな分類も存在する)。遅筋は収縮速度が遅い/発揮張力が低い/疲労耐性が高い(持久性能力が高い)、速筋は収縮速度が速い/発揮張力が高い/疲労耐性が低い(疲れやすい)といった特徴を持つ。

(*2)Akt/mTOR系
細胞の中で、ある種のシグナル(情報)が他の種類のシグナルに変換される過程をシグナル伝達という。mTOR(mechanistic target of rapamycin)は、リボゾームにおけるタンパク質合成(翻訳)関連タンパク質の活性化を制御するシグナル分子の一つ。がんやエネルギー代謝など、その他の細胞内現象にも関与することが知られている。

(*3)MEK/ERK系
様々な種類の細胞において、細胞増殖や成長、分化といった多種多様な細胞プロセスに関与する情報伝達系として知られている。特に筋肉においては、筋肉の収縮活動や機械的刺激(張力発揮やストレッチなど)など、メカニカルストレス依存性に活性化されることが知られる。

(*4)Ub-Proteasome系
タンパク質に付加されたユビキチン(Ub)鎖をプロテアソーム(Proteasome)が認識し、ATP依存性かつ選択的に標的タンパク質を分解するシステムのこと。筋肉が萎縮する際には、筋肉特異的に発現するE3 ユビキチンリガーゼであるAtrogin1やMuRF1といった因子の発現量が増加し、筋タンパク質分解を促進することが知られている。

(*5)オートファジー系
自食作用とも呼ばれる。オートファゴソームという隔離膜で囲まれた細胞質空間を丸ごと消化するため、選択的なタンパク質分解であるUb-Proteasome系に対して、タンパク質のバルク分解系とも呼ばれる。筋肉では、飢餓状態やある種の筋肉変性疾患などで活性化されることが知られている。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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