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2022.12.20
【研究成果】バイオナノマシンチームの螺旋運動の分子機構に迫る ――バイオナノロボの設計に向けて――
![img-20221220-pr-sobun-01.png](https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/2022/12/img-20221220-pr-sobun-01.png)
発表者
須河 光弘(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻・附属先進科学研究機構 助教(研究当時))
丸山 洋平(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程(研究当時))
山岸 雅彦(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 特任研究員(研究当時))
Robert A. Cross(University of Warwick, Warwick Medical School 教授)
矢島 潤一郎(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻・附属先進科学研究機構 准教授/東京大学 生物普遍性連携研究機構 准教授)
発表のポイント
- サンプル面内で偏光角度(0~180度)計測、および、3次元空間で位置(ナノメートルスケール)計測ができる4次元単粒子トラッキング光学顕微システムを確立しました。
- バイオナノマシンチームが運ぶカーゴ(金ナノロッド、GNR)が細胞骨格に沿って螺旋状に移動する際、GNR前後軸での回転運動だけでなく、上下軸での自転運動も行っていることをはじめて検出しました。
- バイオナノマシンチームが、螺旋状に小胞を細胞骨格に沿って運ぶ分子機構の解明により、混み合った細胞内で細胞骨格に沿って小胞を効果的に運搬する機構解明の手掛かりになり得るとともに、生体素材からつくるナノバイオロボの設計指針ともなり得ます。
発表概要
我々の体を構成する細胞の中では、所狭しと10ナノメートル(1ミリメートルの十万分の1)程の大きさのタンパク質からなるバイオナノマシン(注1)が集団で共同作業をしています。これらバイオナノマシンは、人間が作るマシンとどことなく似ているように捉えることもできますが、化学エネルギーを力学エネルギーに変換するメカニズムや、その動く仕組みは似て非なるものです。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の須河光弘助教、および矢島潤一郎准教授らの研究グループは、University of Warwick(英国)のRobert A. Cross教授とともに、偏光角度・3次元位置検出光学顕微技術・数理解析を用いて、バイオナノマシン・キネシン(注2)の集団(チーム)が駆動するGNR(注3)の軌跡と偏光変動を定量し、運動のモデル化に取り組みました。 今回開発した光学顕微システムによって、キネシン-3、またはキネシン-6で構成されるバイオナノマシンチームは、微小管の表面上を並進運動や側方運動をするだけではなく、これまでに予想もされていなかった「自転運動」を行っていることが、新たな運動特性として見出されました。さらに、ブラウニアンラチェット理論(注4)に基づく解析によって、この自転運動は、キネシン分子が微小管短軸(左右)方向に進む際の歩行方向の揺らぎの偏向を強化することが示唆されました。本研究が研究対象とするバイオナノマシンは、人間が作る歩行方向が一意的となるように設計した多くの人工マシンとは異なり、歩行方向の左右性の選択に適度な揺らぎを内在させていることが予測され、将来的には、タンパク質などの生体高分子からミクロな発動分子マシンを設計するための指針を与えるものとして期待できます。
発表内容
<研究の背景>
染色体分配、細胞質分裂、細胞内小胞輸送等において力仕事を担うバイオナノマシン・キネシンやダイニンは、細胞骨格(注5)の一種である微小管上を並進運動することがよく知られています。微小管はチューブリンと呼ばれるタンパク質が自律的に重合して中空の棒状の構造を形成しているため、バイオナノマシンは微小管の長軸(前後)方向に沿って動くだけではなく、実は、短軸(左右)周りにも進み、微小管の表面を螺旋状に運動します。本研究グループはこれまでに、バイオナノマシンが螺旋状に運動する分子機構の一端を明らかにしてきました。しかしながら、バイオナノマシンが螺旋状に小胞等の物質を運搬するためには、小胞の前後(roll)・左右(pitch)・上下(yaw) 方向の軸周りの運動が制御される必要がありますが(図1)、これまで前後軸を中心とした動き(rolling)以外の回転に関する報告はほとんどありませんでした。
図1. バイオナノマシン・キネシンチームの螺旋運動
キネシンチーム(灰色)に駆動されたGNR(オレンジ色の棒)が細胞骨格・微小管表面(緑色)を螺旋状に移動するには、前後(ピンク色, roll)・左右(黄色, pitch)・上下(水色, yaw) 方向の軸周りの運動が制御される必要がある。本研究では、キネシンチームによって駆動される螺旋運動中のGNRの上下軸(水色, yaw axis)周りの回転(自転)運動を初めて検出した。
図2. 4次元(x-y-z-θ)単粒子トラッキング光学顕微システム
キネシン-GNRが丸太橋状に配置した微小管表面に沿って螺旋運動をする際に、GNRの偏光計測と3次元位置計測ができる光学顕微システムを構築した。2つに分割した像の光強度関係からGNRの角度(θ)が定量できる。
図3.キネシン-GNRの微小管上での自転運動
GNRの3次元位置計測に加え、偏光角度計測を行うことで、キネシンチームが微小管に沿って螺旋運動しつつ、自転運動をしていることを見出した。
論文情報
雑誌:Communications Biology(オンライン版:12月20日)
論文タイトル:Motor generated torque drives coupled yawing and orbital rotations of kinesin coated gold nanorods
著者:Mitsuhiro Sugawa*, Yohei Maruyama, Masahiko Yamagishi, Robert A. Cross & Junichiro Yajima*.
DOI番号:10.1038/s42003-022-04304-w
用語説明
(注1)バイオナノマシン:細胞内には力仕事を行うタンパク質が存在する。細胞骨格・微小管と相互作用するバイオナノマシンとしては「キネシン」や「ダイニン」が、細胞骨格・アクチンと相互作用するバイオマシンとしては「ミオシン」がよく知られている。ATPなどの化学物質の加水分解エネルギーを利用して力学的仕事を行う。本研究では、キネシンを用いた。
(注2)キネシン:バイオナノマシンの一種でリニアモータータンパク質に分類される。細胞内の様々な力学的現象に関わり、真核細胞に必須のタンパク質である。ATPの加水分解エネルギーを力学的仕事に変換するタンパク質であることが特徴的である。
(注3)GNR(金ナノロッド):1~100 nmサイズ程度の微小な粒子をナノ粒子と呼び、特に金でできた棒状の粒子を金ナノロッド(Gold nano rod, GNR)と呼ぶ。形状異方性(棒型)に基づく偏光特性を有する。本研究では、GNRのこの特性を利用して、0~180度までの回転角度を定量した。
(注4)ブラウニアンラチェット理論:微小粒子が溶液中で他の分子からの衝突で揺らぐ現象をブラウン運動という。ブラウン運動の方向はランダムであるが、このランダム運動から一方向性運動を取り出す理論。
(注5)細胞骨格:細胞内でタンパク質繊維のネットワークを形成し、細胞の形態維持、細胞内輸送等に構造タンパク質として関わるとともに、細胞運動、細胞分裂等に力を発生するバイオマシンとしても関わり、細胞現象に重要な役割を果たす。真核生物では、微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメントが主要な細胞骨格として存在し、本研究では微小管を用いた。
(注6)リバースバイオエンジニアリング:生物を構成する素子(タンパク質などの生体高分子)から生命システムを再構成し、生物の仕組みを構成的に理解する方法の一種。
(注7)モンテカルロシミュレーション:複雑なプロセスを経て生じる自然界等で起こる現象を乱数を用いて計算機で再現する方法。
―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―