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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2023.01.23

【研究成果】バイスペシフィックアプタマーを用いる抗体に依存しない抗がん剤検出法の開発


発表者

長野 正展(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 特任助教)
戸田 拓海(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程(研究当時))
牧野 くるみ(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程(研究当時))
吉本 敬太郎(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授)
他4名


発表のポイント

  • 低分子抗がん剤であるメトトレキサート(MTX)を高感度に検出する新規分析法を開発しました。同法は抗体を用いず、化学合成可能な分子認識型核酸(核酸アプタマー)の結合特性と増幅特性の両方を利用し、MTXの高感度な検出を達成します。
  • 同法では、MTX に選択的かつ強力に結合する DNAアプタマー(MSmt7)の塩基配列を含むバイスペシフィックアプタマーを使用します。MSmt7 は、吉本准教授らが確立した独自の核酸アプタマー選抜法(MACE®-SELEX)を用いて獲得されました。
  • 今回開発したバイスペシフィックアプタマーを利用する MTX 検出システムは、低コストで信頼性の高い高感度な抗がん剤検出法を、検査室や診療所などの現場レベルへ提供します。

発表概要

 メトトレキサート(MTX)は、リンパ系腫瘍などに対して有効な分子量約450の低分子抗がん剤ですが、重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、投与後の血中MTX濃度を一定期間継続的に測定する必要があります。
 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の吉本准教授らは、MTXに対して高い結合親和性(KD値として 0.57 µM)で相互作用するDNAアプタマー(MSmt7)を、核酸アプタマー(注1)選抜法(MACE®-SELEX;注2)を用いて獲得することに成功しました。
 同グループは、獲得したMSmt7にもう一つのDNAアプタマーであるPW17を連結させたバイスペシフィックアプタマー(注3)MSmt7-(PW17)mを新たに設計し、高感度なMTX検出システムの構築に成功しました。検出感度は 290 pM に達し、ELISAと呼ばれる抗体を利用する MTX 測定法の感度を上回りました。

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 DNAは化学合成で製造できるため、抗体やタンパク質と比較してロット間差が極めて低く、コストパフォーマンスにも優れています。吉本准教授らが構築したバイスペシフィックアプタマーを用いる MTX 検出システムは、MTX投薬後の患者の副作用リスクを正確に把握するための有用な測定法を提供します。

 本研究成果は、2022年11月30日(米国東部標準時)に米国化学会誌「Analytical Chemistry」のオンライン版に掲載されました。


発表内容

 下の構造式で示すメトトレキサート(MTX)は、リンパ系腫瘍などに対して有効な分子量約450の低分子抗がん剤ですが、重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、投与後の血中MTX濃度を一定期間継続的に測定する必要があります。

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 血中MTX濃度を測定する一般的な体外診断用医薬品では、MTXに結合する抗体が利用されています。抗体を用いる医薬品では、抗体のロット間差(製造単位毎に発生する質的な差)が一貫性のない測定データをもたらす原因となる場合があり、実際にMTX測定用の体外診断薬であるエミットメトトレキサートアッセイSが2005年に自主回収された事例があります。抗体のロット間差は、生体(動物や細胞)を用いる製造法に起因するため、一貫性ある測定データを常に必要とする臨床現場において、抗体に依存しない新しいMTX測定法の開発は大きな意義があります。

 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の吉本准教授らは、NEDO 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「超高感度センサシステムの研究開発」(注4)の研究プロジェクトの一環として、低分子に結合する分子認識型核酸(核酸アプタマー)の獲得に挑戦しました。核酸であるDNAは、化学合成で製造できるため、抗体やタンパク質よりもロット間差が極めて低いだけでなく、製造時のコストパフォーマンスが高い、保管や輸送時に低温の温調制御などが不要であるなど、センサー用素子として優れた特長を複数もちます。

 以前、吉本准教授らは独自の核酸アプタマー選抜法として、微粒子支援型キャピラリー電気泳動法を導入した核酸アプタマー選抜法(MACE®-SELEX)を確立していたことから、同手法を用いてMTXに対するDNAアプタマーの獲得を行いました。下に、同手法を用いるMTXに対するDNAアプタマーの獲得の概略図を示します。メトトレキサート誘導体を固定化した粒子とDNAライブラリーを混合後、キャピラリー電気泳動を用いて分離・分取を行うことでDNAアプタマーを選抜します。同手法を用いて3回のアプタマー選抜実験を繰り返し行った結果、MTXに対して高い結合親和性(KD値として 0.57 µM)で相互作用するDNAアプタマー(MSmt7)を獲得することに成功しました。
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 等温滴定型カロリメトリーを用いる分子間相互作用の解析結果から、MSmt7はMTXに結合するアプタマーの中で過去最高の結合親和性をもつこと、さらに下に示すMTXの代謝物や併用薬剤には結合しないこと、すなわちMTXに対して高い結合選択性を有することが明らかとなりました。
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 吉本准教授らは、獲得したMSmt7にもう一つのDNAアプタマーであるPW17を連結させたバイスペシフィックアプタマー MSmt7-(PW17)m を設計し、高感度なMTX検出システムを構築することに成功しました。MSmt7はMTXとの結合部位として、PW17は酵素活性をもつため検出用シグナルの発生源としての役割をもちます。核酸は酵素で簡単に複製・増幅できるという特長があるため、検出シグナル発生源であるPW17を酵素で増幅することで測定系の高感度化を実現することが可能です。下図に、構築した化学的に合成されたバイスペシフィックアプタマーを用いる MTX 検出システムを示します。ローリングサイクルアンプリフィケーション(RCA)という核酸増幅法を適用した際の検出感度は 290 pM に達し、ELISAと呼ばれる抗体を利用する MTX 測定法の感度を上回りました。
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 本研究の成果から、吉本准教授らが確立したMACE®-SELEX法が低分子化合物に対しても有効であることが明らかとなりました。また、本研究で構築したバイスペシフィックアプタマーを用いる MTX 検出システムは、投薬後の患者の副作用リスクを正確に把握するために有用な測定法を臨床現場に提供します。

 本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(第2期「フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」研究推進法人: NEDO)の支援を受けて実施されました。また、科研費・基盤B(JP18H02002)、科研費・学術変革(B)(課題番号:JP22H05049)の支援により実施されました。


論文情報

雑誌:Analytical Chemistry(オンライン版:2022年11月30日)
論文タイトル:Discovery of a highly specific anti-methotrexate (MTX) DNA aptamer for antibody-independent MTX detection
著者:Nagano M., Toda T., Makino K., Miki H., Sugizaki Y., Tomizawa H., Isobayashi A., Yoshimoto K.*
DOI番号:10.1021/acs.analchem.2c04182


注意事項

MACE®は、株式会社リンクバイオの商標です。
All figures were reprinted with permission from American Chemical Society. Copyright 2023 American Chemical Society.


問い合わせ先

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻
准教授 吉本 敬太郎(よしもと けいたろう)
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用語説明

(注1)核酸アプタマー:
標的分子に対して結合親和性をもつ核酸分子の総称。DNAからなるDNAアプタマー、RNAからなるRNAアプタマーなどがある。

(注2)MACE-SELEX:
吉本准教授らが開発した、微粒子支援型キャピラリー電気泳動法(micro-beads assisted capillary electrophoresis: MACE)を導入した核酸アプタマー選抜法(systematic evolution of ligands by exponential enrichment)のことで、従来のSLEX法よりも効率よく複数の核酸アプタマーを獲得する分子進化工学的手法。現在、米国、日本、中国、台湾、で特許が成立しており、株式会社リンクバイオで同手法を用いる核酸アプタマー探索サービスを提供している(詳細:リンクバイオウェブサイトフナコシニュース)。参考文献は以下の通り。

参考文献 (1) ChemBioChem, 22, 3341-3347 (2021).
参考文献 (2) Analytical Sciences, 35, 585-588 (2019).
参考文献 (3) Molecular Therapy Nucleic Acids, 16, 348-359 (2019).

(注3)バイスペシフィックアプタマー:
核酸アプタマーを2つ連結したもので、同一分子上の異なる部位に結合するものや、異なる2つの分子に同時に結合するものなどがある(本研究で設計したものは後者のケース)。前者のケースの一例として、吉本准教授らが報告したトロンビンに結合するバイスペシフィックアプタマーがある。参考文献は以下の通り。

参考文献 (4) Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis, 5, e12503 (2021).

(注4)NEDO 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「超高感度センサシステムの研究開発」:
Society 5.0 の実現において、我が国の質の高い様々な現場(フィジカル空間)の情報を高度・高効率に収集・蓄積し、仮想空間(サイバー空間)と高度に融合させる連携技術(CPS:Cyber Physical Systems)の構築が必要とされています。本研究課題では、多種、複数のセンサを簡便に取り換え、測定が可能なマルチセンシングモジュール・プラットフォームを構築・社会実装することにより、フィジカル空間処理のコストを大幅に削減し、かつ我が国の中小・ベンチャー企業を含む産業界の活性化を目指します。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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