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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2023.02.06

【研究成果】界面を制御して高性能な有機無機ハイブリッド材料を実現――床を整理整頓して触媒効率UP

東京大学
大阪公立大学

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発表者

寺尾 潤(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
山田 裕介(大阪公立大学 大学院工学研究科 物質化学生命系専攻 教授/人工光合成研究センター 副所長)
正井 宏(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
周 聖頴(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程(研究当時))


発表のポイント

  • 有機無機ハイブリッド材料を用いた酸素還元触媒において、無機材料上の有機分子を一つ一つ、環状の分子で覆う構造([1]ロタキサン構造)を用いて制御することで、有機分子同士の凝集を防ぎ、高効率・高選択的な触媒となることを明らかにした。
  • ハイブリッド材料の性能は、有機と無機の境界部分(界面)によって大きく左右されるものの、界面はナノメートルという非常に小さな領域であるため、従来は人工的な制御が困難であった。今回、[1]ロタキサン構造を用いることによって界面が整理整頓され、ハイブリッド材料の性能を向上させられることを初めて報告した。
  • 一つ一つの分子が整理された界面を持つことが、ハイブリッド材料の効率に効果的であることが示された。この設計は、触媒だけでなく太陽電池や発光デバイスにおいても、よりエネルギー効率が高いデバイス材料の実現に貢献すると考えられる。

発表概要

 有機材料と無機材料を融合した有機無機ハイブリッド材料は、太陽電池や発光デバイス、触媒などの分野で注目を集めています。しかし、有機材料と無機材料が接する境界部分(界面)において、分子がナノメートル(10億分の1メートル)スケールの制御不能な塊を形成し、材料の機能やデバイス効率を低下させることが問題として知られていました。

 今回、東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、周聖頴大学院生(研究当時)、大阪公立大学大学院工学研究科の山田裕介教授らの研究グループは、無機材料上の有機分子の一つ一つが環状の分子で覆われた[1]ロタキサン構造(注1)を用いることで、界面における分子の塊を抑制し、人工的に分子を整理させる新しい戦略を報告しました。また、このハイブリッド材料を、電気によって酸素をより高エネルギーな過酸化水素(注2)へと変換する電気化学触媒(注3)として応用したところ、高効率な触媒となることが判明しました。今後は、この整理整頓された界面を、触媒だけでなく発光デバイスや太陽電池などへと展開し、より高効率なデバイス材料の実現を目指します。

 本研究成果は、2023年2月3日(オランダ時間)にオランダ科学誌「Applied Catalysis B: Environmental」のオンライン版に掲載されました。


発表内容

 近年、太陽電池や発光デバイス、触媒などの分野で、有機材料と無機材料を融合した有機無機ハイブリッド材料が注目を集めています。ハイブリッド材料の多くは、無機材料の表面に有機分子を結合させることで作製され、その有機材料と無機材料が接する境界部分(界面)の状態によって、その材料の性能が大きく左右されることが知られています。このようなハイブリッド材料において、その有機材料としては光機能性や伝導性に優れたπ共役分子(注4)が多く用いられていますが、π共役分子はπ-π相互作用と呼ばれる強い引力を持つため、無機材料の上で無秩序に凝集した塊を形成しやすく、π共役分子が本来有するはずの光物性や伝導性を悪化させることが問題とされてきました(図1)。従って、ハイブリッド材料で優れた性能を実現するためには、無機材料という床の上での意図しない凝集を防ぎ、整った界面を作り出すことが鍵となります。しかし、無機材料表面上の有機分子はナノメートルスケールと非常に小さいため、界面の状態を整理整頓することは、これまで容易ではありませんでした。

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図1.無機有機ハイブリッド材料における、無機材料上における有機材料(π共役分子)の凝集の様子を示す模式図

 今回、東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、周聖頴大学院生(研究当時)、大阪公立大学大学院工学研究科の山田裕介教授らの研究グループは、π共役分子を一つ一つ環状の分子で覆う、[1]ロタキサンと呼ばれる構造を用いることで、無機材料上におけるπ共役分子の凝集を抑制させる新しい戦略を報告しました。このような構造では、一つ一つのπ共役分子が隔離され、凝集の原因となるπ-π相互作用が、環状の分子によって互いに防がれるため、凝集のない整理された界面を作り出すことが期待されます。

 研究グループはまず、メチル化シクロデキストリン(注5)と呼ばれる環状の分子を、π共役分子に接続しながら貫通した分子を新規に合成し、導電性の無機材料である酸化インジウムスズ(ITO)やフッ素ドープ酸化スズ(FTO)の基板上に修飾しました(図2)。原子間力顕微鏡を用いてその表面を観察したところ、貫通構造を持たない分子は、その強いππ相互作用によって、無機材料表面上で凝集した塊を形成しやすいのに対して、貫通構造を持つ分子では、凝集のない表面が実現していることが明らかとなりました。

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図2.[1]ロタキサン型π共役分子を用いた無機有機ハイブリッド材料の模式図と、[1]ロタキサン型分子の構造式

 この凝集のないハイブリッド材料では、π共役分子一つ一つが配線のように振る舞うため、高い電子移動速度を持ち、導電性に優れた界面であることが判明しました。そこでこの点を活用して、電気によって酸素をより高エネルギーな過酸化水素へと変換する電気化学触媒として応用しました。まず、凝集のないπ共役分子を「足場」として、その上に天然色素の誘導体であるコバルトクロリン錯体を導入したハイブリッド材料を構築しました(図3)。続けて、そのハイブリッド材料を電極として電気化学触媒の性能を評価したところ、貫通構造を持つ分子を足場として利用した触媒は、貫通構造を持たない触媒に比べて、分子の凝集が抑制され、高い触媒効率と、過酸化水素への高い反応選択性を持つことが判明しました。加えて、凝集のない整理された界面を持つこの触媒は、従来の触媒よりも弱い酸性条件下で、かつ低い電圧で駆動する触媒であることも明らかになりました。

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図3.(a) [1]ロタキサン型π共役分子とコバルトクロリン錯体を用いた無機有機ハイブリッド材料の模式図と構造式。 (b) 分子1-3を用いたハイブリッド材料を電極とした、過酸化水素生成触媒の性能を示すデータ。1/FTOにおいて最も優れた触媒効率が示されている。

 このように、π共役分子を環状の分子で覆うことで、従来型のハイブリッド材料で性能低下の原因とされてきた凝集を防ぎ、一つ一つの分子が整理された界面を有するハイブリッド材料を構築することで、優れた触媒性能を持つ材料を実現しました。今後は、この整理整頓された界面を、触媒だけでなく太陽電池や発光デバイスへと展開し、より高効率なデバイス材料の実現を目指します。

 本研究は、新学術領域研究「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光 ― 物質変換系の創製」、日本学術振興会科学研究費補助金「超分子構造の擾乱抑制に基づく高効率電子伝達系の実現:JP18H05158」 、「合成化学的分子配線を基軸とするnmスケールの超分子デバイスの創製:JP22H02060」、「ナノ粒子集合体間隙を利用する複合型水分解光触媒:JP22H01871」の支援を受けて実施されました。


論文情報

雑誌:「Applied Catalysis B: Environmental」(オンライン版:2月3日掲載)
論文タイトル:Efficient electrocatalytic H2O2 evolution utilizing electron-conducting molecular wires spatially separated by rotaxane encapsulation
著者:Sheng-Ying Chou, Hiroshi Masai,* Masaya Otani, Hiromichi V. Miyagishi, Gentaro Sakamoto, Yusuke Yamada,* Yusuke Kinoshita, Hitoshi Tamiaki, Takayoshi Katase, Hiromichi Ohta, Tomoki Kondo, Akinobu Nakada, Ryu Abe, Takahisa Tanaka, Ken Uchida, Jun Terao*
DOI番号:10.1016/j.apcatb.2023.122373


用語説明

(注1)[1]ロタキサン構造
環状の分子が棒状の分子に貫通した構造をロタキサン構造と総称する。その中でも、環状の分子と棒状の分子との間に結合を持つ構造を[1]ロタキサン構造と呼ぶ。

(注2)過酸化水素
化学式 H2O2 で表され、主に工業原料や、殺菌剤、漂白剤として利用される物質。

(注3)電気化学触媒
水の電気分解のように、電極対に対して電圧をかけることで進行する電気化学反応において、その反応を促進する物質。

(注4)π共役分子
炭素-炭素多重結合(二重結合もしくは三重結合)と単結合が交互に並んだ化合物のこと。発光特性や伝導性に優れている。

(注5)メチル化シクロデキストリン
糖類の一種であるグルコピラノースが環状に連結することで構成される分子であるシクロデキストリンに対し、化学修飾を行ったもの。様々な分子を内側に取り込む性質がある。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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