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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2023.06.30

【研究成果】超伝導量子コンピュータにおける 新しい2量子ビットゲート方式の発明・実証――製造ばらつきに対する高い耐性、超伝導量子ビットの集積化を加速へ――

※発表内容に誤りがありましたので内容を一部修正しました(2023年6月30日)

東京大学
理化学研究所

発表のポイント

  • デコヒーレンスの原因となる磁場を用いることなく、超伝導量子ビット作製時の周波数ばらつきに強い耐性を持つ新しい2量子ビットゲート方式を発明・実証した。
  • 超伝導量子コンピュータの基本素子として有力視される単一接合トランズモン量子ビットを用いて計算する際、誤りの原因となる残留相互作用をゲート速度の犠牲なく逓減できることを世界で初めて見いだし、実験的にも実証した。
  • 単一接合トランズモン量子ビットの課題であった製造時の周波数ばらつきに対する脆弱性や残留相互作用の問題を解決し、近年発展を続ける超伝導量子コンピュータの開発において量子ビット数増加のさらなる加速に貢献することが期待される。
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量子カプラーを用いた新しい量子ゲート方式


発表概要 

 東京大学大学院総合文化研究科の白井菖太郎大学院生、大久保裕太大学院生(研究当時)、野口篤史准教授、理化学研究所量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長らの研究グループは、コヒーレンス時間(注1)の長さと配線の簡便さで優れる超伝導量子ビットの一種である単一接合トランズモン量子ビット(注2)において、長年課題であった量子ビット製造時の周波数ばらつきに対する脆弱性と量子ゲート(注3)の精度を低下させ計算中の誤りを生む残留相互作用(注4)の問題を克服する、新しい2量子ビットゲート方式を発明しその動作を実験的に実証しました。

 本成果は追加の磁場制御配線を導入せずに高速なゲート操作と残留相互作用低減の両立が可能であり、希釈冷凍機(注5)内部で扱うことのできる量子ビット数を将来的に増やすことを通じて、次世代の社会基盤技術となることが期待される量子コンピュータの開発に貢献します。

 本研究成果は、2023年6月29日(米国東部夏時間)に国際科学誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。


発表内容

〈研究の背景〉
 近年世界中で研究開発が活発になっている量子コンピュータは量子ビットと呼ばれる0や1に加えて、それらの重ね合わさった状態をとることができる物理素子がたくさん集まって構築されます。超伝導量子ビットの一種であるトランズモン量子ビットはこの物理素子の有力候補の一つであり、これをたくさん集めて作られる超伝導量子コンピュータには大きく分けて二つの方式が存在します。一つ目の方式は周波数可変方式と呼ばれ、トランズモン量子ビットが二つのジョセフソン接合を含むループ構造を持ち(図1(a))、外部からそのループに磁場をかけることで周波数を調節し、状況に応じて最適な共鳴周波数(注6)に設定することができます。一方これは磁場ノイズの影響も受けてしまうことを意味し、量子ビットのコヒーレンス時間が短いという短所にもなります。二つ目の方式は周波数固定方式と呼ばれ、トランズモン量子ビットは単一のジョセフソン接合のみで構成されます(図1(b))。閉ループ構造を持たないため磁場には応答せず、磁場をかけるための配線も必要ないため配線数を最小に抑えられ、外部からのノイズの影響を受けづらいので前者に比べて長いコヒーレンス時間を持っています。しかし、共鳴周波数が製造時に決まってしまうため、加工精度の限界によって所望の値からずれていると「不必要な相互作用=残留相互作用」が生じ、演算操作の精度を低下させる原因となってしまう問題を抱えていました。

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図1:トランズモン量子ビット
(a)周波数可変トランズモン量子ビット。中央のループ構造に磁場を印加することで量子ビットの共鳴周波数を動的に変化できるが、ノイズが大きい(2023年6月30日修正)。
(b)周波数固定トランズモン量子ビット。一つのジョセフソン接合と超伝導電極から構成され、最もシンプルな構造を持ち、ノイズの小さな超伝導量子ビット。


〈研究の内容〉
 研究グループは、この製造時の周波数ばらつきに伴う「残留相互作用問題」を解決できれば、より少ない配線数で集積性に優れると期待される、周波数固定方式に注目し研究を行ってきました。今回用いた回路は図2(a)のように、Q1、Q2、Qcとラベルされている三つの周波数固定トランズモン量子ビットからできています。この内Q1とQ2は量子的な情報を蓄えて計算に用いるためのデータ量子ビットであり、それらの間に配置されているQcはQ1とQ2の間の相互作用を仲介するために用いられ、周波数固定トランズモンカプラー(以降単にカプラー)と呼びます。ここで、Q1とQ2はカプラーを介するパス=間接結合パスと、カプラーを介さないパス=直接結合パスで互いに結合しています。従来、この二つのパスを介した結合の値が打ち消すように設計することで残留相互作用を小さく抑える方法が取られてきました。しかしこの方法は設計可能なパラメータ範囲が狭く、製造時の共鳴周波数ばらつきの影響を受けやすいため、残留相互作用をチップ全体で小さく抑えることが困難でした。このような困難は、従来手法で用いられている2量子ビットゲート方式が間接結合と直接結合の両方に依存していることに原因があります。

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図2:トランズモン量子ビット三つから構成される回路
(a)トランズモン量子ビット三つから構成される回路。回路図の色付けは(c)と対応している。Q1とQ2は直接結合パスとカプラートランズモンを介した間接結合パスを介して相互作用している。
(b)実験に使用した超伝導量子回路の光学顕微鏡写真とジョセフソン接合(JJ)の走査型電子顕微鏡画像(左上)。
(c)(b)の黒点線内を拡大したもの。各トランズモン量子ビットの電極が色付けされており、これがコンデンサのように見なせる。また、×印部分にそれぞれジョセフソン接合が蒸着されている。

 本研究は、ゲートの実行に間接結合のみを必要とし、直接結合の影響を受けない2量子ビットゲート方式を発明し、実証したことに大きな意義があります。この特徴により、間接結合は2量子ビットゲートを実行するのに最適な値に設計しておき、残った自由度である直接結合を残留相互作用抑制のためだけに最適化することが可能となります。実際に、今回実証実験を行った図2(b、c)に示すサンプルにおいて残留相互作用の大きさは約1.5 kHzと計測され、これは先行研究の10分の1以下に抑えられています。さらにこの状況でも500 nsというゲート速度で2量子ビットゲートを実行することが可能であることを図3(a)ラビ振動(注7)の実験と(b)ランダム化ベンチマーキング(注8)の実験によって評価し97.8(6)%という精度で2量子ビットゲートの一種である制御位相ゲートが実行できていることも確認されました。

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図3:ラビ振動実験の結果
(a)ラビ振動の実験結果。今回発明した2量子ビットゲート方式に用いる二つのエネルギー準位に共鳴するマイクロ波を照射することで振動している。最も周期が遅くなっている白点線の位置が共鳴条件であり、このときの周期約500 nsが2量子ビットゲートにかかる時間に対応する。
(b)ランダム化ベンチマーキングの実験結果。初期状態はQ2の基底状態であり、理想的な量子ゲートの場合、ランダムゲートの長さを変えても確率1で基底状態が検出されるが、実際の量子ゲートはエラーを含むため、一定の減衰率でランダムゲートの長さに対して基底状態の検出確率が減少していく。各ランダムゲート間に制御位相ゲートを挿入した比較信号と挿入していない参照信号の差から、制御位相ゲートの精度を推定している。

〈今後の展望〉
 本研究成果は、超伝導量子プロセッサにより広い設計周波数範囲を提供し、製造精度や電子制御機器に対する要求性能を緩和します。そして、このようなボトムアップアプローチは量子計算システム全体の複雑さの逓減に寄与し、将来の量子ビット集積化へ貢献することが期待されます。


発表者

東京大学 大学院総合文化研究科
野口 篤史(准教授)〈兼:理化学研究所 量子コンピュータ研究センター ハイブリット量子回路研究チーム(チームリーダー)〉
白井 菖太郎(博士課程)
大久保 裕太(研究当時:修士課程)

理化学研究所 量子コンピュータ研究センター
中村 泰信(センター長)〈兼:東京大学 大学院工学系研究科(教授)〉


論文情報

雑誌:Physical Review Letters
題名:All-microwave manipulation of superconducting qubits with a fixed-frequency transmon coupler
著者:Shotaro Shirai, Yuta Okubo, Kohei Matsuura, Alto Osada, Yasunobu Nakamura, Atsushi Noguchi
DOI:10.1103/PhysRevLett.130.260601


研究助成

本研究は、JST ERATO巨視的量子機械プロジェクト (課題番号JPMJER1601)、MEXT 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP) (課題番号JPMXS0118068682)、JSPS科研費 (課題番号JP22J15257)、稲盛財団InaRISフェローシッププログラムの助成により遂行されました。


用語説明

(注1)コヒーレンス時間:量子ビットなどに蓄えられた情報が劣化するまでにかかる時間の長さ。この時間が長いほど良い量子ビットとなり得る。

(注2)トランズモン量子ビット:並列LC共振回路の内、インダクタンスをジョセフソン接合に取り換えた構造を持つ超伝導量子ビット。

(注3)量子ゲート:量子ビットに対する論理ゲート。NOTゲートや制御NOTゲートが代表的なものとして挙げられる。また、2量子ビットゲートとは二つの量子ビットにまたがる量子ゲートである。

(注4)残留相互作用:量子ビットの間に存在する不必要な相互作用。量子ビットを回転するコマのようにイメージすると、その回転軸を乱すような効果を持ち、量子ビットの制御精度を低下させる。

(注5)希釈冷凍機:10 mKという極低温環境を保ち、超伝導回路を周囲からのノイズから保護する役割をもつ。中性子の数が異なるヘリウム3とヘリウム4を用い、液化したヘリウム3と4の混合液体からヘリウム3が蒸発するときに熱が奪われることを利用して極低温環境を作り出している。

(注6)共鳴周波数:量子ビットの励起状態と基底状態のエネルギー差に相当するマイクロ波の周波数。通常、超伝導量子ビットは約5 GHzの共鳴周波数を持つ。

(注7)ラビ振動:量子ビットの0状態と1状態といった二つの状態の周波数差に共鳴する周波数を持った電磁波等を量子ビットに照射したときに、その二つの状態の間で起きる振動。量子ビットの状態を0から1(またはその逆)というように変えることができるため、NOTゲートの実装に用いられることが多い。

(注8)ランダム化ベンチマーキング:量子ゲートの精度を測定するのによく用いられるベンチマーク手法。量子ビットたちにランダムな量子ゲートを作用させる操作を何度も行い、理想的な場合からの減衰率をランダムな量子ゲートの数を変えながら実験することで測定することで精度の推定が可能。

―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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