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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2023.07.05

【研究成果】自己複製する最小のRNAを発見 ――原初のRNAから進化の過程を紐解いていく 生命の起源に迫る成果――

早稲田大学
東京大学大学院総合文化研究科

発表のポイント

  • RNAが最初の生命システムであるという仮説において、単純で短いRNAから生命の大きな特徴でもある自己複製ができるRNAがどのように生まれたかは謎とされてきました。
  • 本研究では、わずか20塩基の短いランダム配列のRNA集団から特定のRNA配列と構造が自発的に出現すること、またそれらのRNAを基に、特定の20塩基のRNAが自己複製することを世界で初めて実証しました。
  • 自己複製という生命に普遍的な現象が、原始の地球に供給された単純な生体分子でも容易に起きた可能性を示しており、生命の起源の解明につながることが期待されます。

概要

 早稲田大学理工学術院専任講師の水内 良 (みずうち りょう) と東京大学大学院総合文化研究科教授の市橋 伯一 (いちはし のりかず) らの研究グループは、原始地球にも存在しえた短いランダム配列のRNA集団から自発的に出現したRNA配列・構造を詳しく調べることで、自己複製する、すなわち自分のコピーの合成を触媒する最小のRNAを発見しました。

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図1:短いランダムなRNA集団に起きる化学反応を調査するという独自のアプローチにより最小の自己複製RNAを発見

 本研究成果は、英国の王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行する学術雑誌『Chemical Science』(論文名:Minimal RNA self-reproduction discovered from a random pool of oligomers)にて、Accepted Manuscriptとして2023年6月20日(現地時間)にオンライン版で公開されました。


これまでの研究で分かっていたこと

 生命の遺伝情報はDNAやRNA※1という核酸分子に保存され、その情報はタンパク質へと翻訳されて多様な化学反応を触媒します。核酸とタンパク質は互いが互いの合成に関わっているため、どちらが欠けても生命は成り立ちません。しかし、両方の分子が同時に生まれたとは考えにくいため、最初の生命システムがどの分子を使っていたかは大きな謎になっています。この謎に対する一つの答えとして、最初はRNAが遺伝情報の保存と触媒機能の両方の役割を担っていたとするRNAワールド仮説があります。この仮説は、現存する生命に多くの痕跡が存在することから広く支持されています。

 RNAワールド仮説では、まず生命の大きな特徴でもある自己複製ができるRNAが生まれたと考えられています。自己複製が始まると、その後は進化することで、徐々に情報や機能を拡張していけるからです。実際、これまでに複数の自己複製できるRNAが見つかっており、RNAワールド仮説を裏付けてきました。

 一方で、それらの自己複製RNAはいずれも長く複雑であり、自己複製のために特殊なRNA修飾※2が必要であることも多いです。そのため、原始地球において供給されたと考えられる単純で短いRNAから、自己複製RNAがどのように生まれたかを説明できないという課題がありました。


今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 本研究では、まず原始地球にも存在しえた20塩基のランダムな配列の原始RNA集団※3に起きる化学反応を調査しました (図2)。調査によって、マグネシウムイオン※4濃度が高い環境に数日間さらすだけで、自発的な組み換えや連結反応が起き、長いRNAが生まれることがわかりました。次に生成したRNAを大規模に調査したところ、特定の配列や構造をもつRNAのセット (ファミリー) が濃縮されたことがわかりました。

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図2:原始RNA集団における特定のRNAファミリーの出現


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図3:最小の自己複製RNA。基質RNA 1・2を連結して自分のコピーを作る

 そしてこの濃縮されたRNAの解析から、自身のコピーを作る自己複製RNAを発見しました (図3)。自己複製RNAは20塩基であり、自身に結合する2つの10塩基のRNAの連結を触媒することで、自分と同じRNAを合成します。特に、原始地球に広く存在したと考えられている2′,3′-環状リン酸※5と2′,5′-ホスホジエステル結合※6という2種類のRNA修飾が重要であることを見出しました。また、この自己複製RNAはこれまでに知られていた最小のRNAよりもさらに1/3以下の長さしかもたず、原始の地球で十分に生じえたと考えられます。 さらに自己複製RNAの生化学的特徴を解析したところ、指数増殖※7する潜在性が示されました。この性質は、現状では基質の非特異的結合や2′,3′-環状リン酸の分解などにより複製が途中で止まってしまうものの、将来的に改変することで、持続的に複製して進化するRNAの発見に繋がる可能性を示しています。また興味深いことに、今回発見された自己複製RNAは過去に構築された長い自己複製RNAとよく似た特徴や構造 (自己複製の程度、不安定な部分構造など) を多く有していました。これらは自己複製RNAに広く見られる性質なのかもしれません。


今研究の波及効果や社会的影響

 本研究では原始の地球にも存在しえた短いRNAが自己複製できることを初めて実証しました。この発見は機能をもたない原初のRNA集団と自己複製体の出現の間のミッシングリンクを埋める鍵となり、生命の起源過程の理解を推し進めると考えられます。今後、本研究で発見した自己複製RNAを基に持続的な複製や進化を実現できれば、単純な分子の複製体がいかにして情報や機能を拡張していくかを検証できます。そのため本研究は生命の起源過程を紐解いていくための足がかりになると考えています。


今後の課題

 本研究では原始地球にありえた自己複製RNAを発見しましたが、持続的な複製や進化はまだ見られておりません。今後は様々な環境条件の調査や分子進化工学の知見を取り入れて、これを実証したいと考えています。また自己複製RNAはランダムなRNA集団に濃縮したRNA配列 (図1) に基づいていますが、そのRNAが最初にどのような機構で生じたかは明らかでありません。例えば、様々なRNAが複雑に相互作用して生じた可能性が考えられるため、この点についても調査を進めていきたいと考えています。


研究者のコメント

 本研究では合理的に自己複製RNAを設計するのではなく、原始地球にも存在しえた短いランダムなRNA集団の中から探索するという独自のアプローチを試みました。今後もこのような無秩序な分子集団に創発する現象を捉えていくことで、生命の起源の一端をこれまで以上に直接的に理解できるようになるのではないかと考えています。


用語解説

※1  DNAやRNA
DNAはデオキシリボ核酸 (Deoxyribonucleic acid)、RNAはリボ核酸 (Ribonucleic acid) のことであり、いずれも遺伝情報を保存可能な分子です。これらはヌクレオチドとよばれるリン酸基、糖、塩基からなる単量体が重合した (いくつも繋がった) 分子です。重合には方向性があり、両端は5′末端および3′末端とよばれます。原始生命はRNAを遺伝子の担体として利用していたと考えられています。

※2  RNA修飾
 RNAのヌクレオチドには多様な化学修飾を付与することができ、様々な反応に影響する。例えばこれまでに見つかっている自己複製RNAの一部は、その基質となる短いRNAの5′末端に三リン酸の修飾を要求する。一方で、三リン酸は原始地球における化学反応で生成するのは難しかったと考えられている。

※3 ランダムな配列の原始RNA集団
RNA配列を構成するヌクレオチドに含まれる塩基はアデニン (A)、ウラシル (U)、グアニン (G)、シトシン (C) の4種類が存在します。原始地球ではまずこれらがランダムに繋がったRNAが生じたと考えられています。本研究では全ての塩基がおよそ等確率で繋がった20塩基のRNA集団を用いました。約一兆通りの配列が考えられますが、本研究ではそれぞれの配列が平均300コピー存在する集団を用いました。

※4 マグネシウムイオン
二価の陽イオンの一種であり、現在知られているRNAによる触媒反応の多くがマグネシウムイオンを必要とします。

※5 2′,3′-環状リン酸
RNAに含まれる糖はリボースとよばれる五炭糖です。2′,3′-環状リン酸は、RNAの3′末端のリボースにおいて2位と3位の炭素の水酸基が環状化するように結合したリン酸エステルです。RNAが加水分解する際に生じる他、原始地球を模擬した様々な化学反応で容易に生成することが知られています。本研究で示したように、別のRNAの5′末端の水酸基 (-OH基) が2′,3′-環状リン酸を攻撃することで、2種類のRNAが連結します。

※6 2′,5′-ホスホジエステル結合
通常のRNA中のヌクレオチドはリボースの5位の炭素と3位の炭素がリン酸ジエステル結合により連結しています (3′,5′-ホスホジエステル結合)。これに対し、リボースの5位の炭素と2位の炭素を連結するジエステル結合は2′,5′-ホスホジエステル結合とよばれ、原始地球で生成したRNAに多く含まれていたと考えられています。本研究で調査した2′,3′-環状リン酸を介した連結反応では2′,5′-ホスホジエステル結合が特異的に形成されます。

※7 指数増殖
自己複製する生物個体は通常、十分な資源と空間の存在下では2倍、4倍、8倍と指数的に増殖することができます。この性質は一般的に進化が起きるために重要な要素として知られています。


論文情報

雑誌名:Chemical Science
論文名:Minimal RNA self-reproduction discovered from a random pool of oligomers
執筆者名(所属機関名): 水内良 (早稲田大学)、市橋伯一 (東京大学)
掲載日(現地時間):2023年6月20日(火)
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/sc/d3sc01940c
DOI:10.1039/D3SC01940C


研究助成

研究費名:JST 創発的研究支援事業
研究課題名:原始RNA集団における自己複製体の創発と進化
研究代表者名(所属機関名):水内良 (早稲田大学)

研究費名:JST さきがけ
研究課題名:原始生命の進化に学ぶゲノム拡張基盤の構築
研究代表者名(所属機関名):水内良 (早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 学術変革領域研究 (A) (公募研究)
研究課題名:人工多細胞型ゲノム複製システムの構築
研究代表者名(所属機関名):水内良 (早稲田大学)


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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