HOME総合情報ニューストピックス

最終更新日:2024.02.15

ニュース

トピックス 2023.07.07

【研究成果】人工光合成へ向けた新手法を開発 ――プラスとマイナスの2つの分子が助けあって光触媒機能を高める――

2023年7月7日
東京大学

発表のポイント

  • 実用的な人工光合成の実現に必要な「優れた可視光吸収能力」と「高耐久性」を同時に満たす光増感剤の新しい開発指針を見出しました。
  • これまでは1種類の分子に光増感剤としての役割を担わせる方法が一般的でしたが、プラスとマイナスの2種類の分子に役割分担させて性能を高めることに成功しました。
  • カーボンニュートラルに資する人工光合成技術への貢献が期待されます。

img-20230707-pr-sobun-01.png

本研究で開発した手法のイメージ図


発表概要

 東京大学大学院総合文化研究科の滝沢 進也助教、村田 滋名誉教授、寺尾 潤教授らは、人工光合成技術の開発に必要な「優れた可視光吸収能力」と「高耐久性」を同時に満たす光増感剤(注1)の新しい開発指針を見出しました。

 太陽光エネルギーで二酸化炭素(CO2)を還元して再資源化する技術である人工光合成の実用化が望まれています。そのためには、光を吸収して電子源(注2)から触媒(注3)に電子を受け渡す働きを持つ光増感剤の高性能化が鍵となります。これまでは1種類の分子に光増感剤としての役割を担わせる方法が一般的でしたが、1種類の分子に優れた可視光吸収能力や耐久性などの複数の特長を持たせることには限りがありました。本研究では、物性制御しやすいイリジウム(Ir)錯体(注4)を光増感剤として利用し、プラスとマイナスの2種類のIr錯体をペアにしてお互いの機能を補わせて性能を高めることに成功しました。本手法はIr錯体に限らず、地球上に豊富に存在する金属の錯体や金属を含まない有機化合物への応用展開も期待でき、カーボンニュートラルに資する人工光合成技術の開発に貢献できます。

 本研究成果は、2023年7月6日(米国東部夏時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版で公開されました。


発表内容

〈研究の背景〉
 2020年の政府によるカーボンニュートラル宣言以降、人工光合成に関する研究に更なる注目が集まっています。人工光合成は、太陽光エネルギーを利用してCO2を有用な高エネルギー物質へ還元する技術です。さらに人工光合成には、クリーンエネルギー源として有力視されている水素を水の還元によって製造する技術も含まれます。その実用化には、有用な触媒の開発だけでなく、光を吸収して電子源から触媒に電子を送り込むポンプのような働きを持つ光増感剤の高性能化が鍵となります。具体的には、太陽光に含まれる可視光を効率よく吸収できる性質、長時間の反応に耐えうる性質などの要素が挙げられます。しかしこれまでは、それらのすべてを満たす光増感剤を1種類の分子で開発するのは容易ではなく、新たな手法が求められていました。

〈研究の内容〉
 研究グループは今回、物性制御しやすいIr錯体を光増感剤として利用し、プラスとマイナスの2種類のIr錯体をクーロン力で近づけてお互いの機能を補わせるという方法を着想しました(図1)。まず、特長の異なる正電荷を持つIr錯体(カチオン性Ir錯体)と負電荷を持つIr錯体(アニオン性Ir錯体)を選び出して、それらをメタノール中で混ぜ合わせるだけで対応するイオン対を容易に合成することができました。選定したカチオン性Ir錯体は、可視光吸収能力には乏しいですが、CO2還元反応の光増感剤として比較的安定に働くことが知られています。一方のアニオン性Ir錯体は、光増感剤として単独で利用した場合の耐久性には乏しいですが、クマリン6と呼ばれる有機色素を骨格に含むおかげで可視光吸収能力は格段に優れています。 合成したイオン対に核磁気共鳴分光法と呼ばれる測定手法を適用することで、2種類のIr錯体が実際にクロロホルム中でお互い近づいているとともに、図1に示す向きで配置していることが明らかになりました。さらに、それらの錯体が光を吸収すると発光する性質を利用することで、光を吸収して高エネルギー状態になったアニオン性Ir錯体からカチオン性Ir錯体へ効率よくエネルギーが移動することも判明しました。これは、アニオン性Ir錯体が可視光吸収後に分解につながる状態に変化する前に、速やかにカチオン性Ir錯体の高エネルギー状態を作り出せることを意味しています。アニオン性錯体が可視光捕集アンテナとしてカチオン性錯体を助け、カチオン性錯体はアニオン性錯体の耐久性向上を助けているといった言い換えもできます。

20230707-pr-sobun-01-01.png
図1:合成したイオン対の構造とエネルギー移動

 加えて、このイオン対をCO2還元反応の光増感剤として実際に応用しました。具体的には、イオン対をベシクル(注5)の脂質二分子膜表面にレニウム触媒分子とともに取り込ませて、電子源としてアスコルビン酸イオンを添加した後に反応容器内をCO2で満たした状態で可視光を照射しました(図2)。脂質二分子膜を用いたのは、CO2光還元反応の評価で一般的に使用される溶媒中ではイオン対が溶媒分子に取り囲まれて分かれてしまい、期待する効果が発揮できないためです。また、脂質二分子膜という反応場を利用することで、水中でのCO2光還元反応も可能となります。検証実験の結果、カチオン性Ir錯体またはアニオン性Ir錯体を光増感剤としてそれぞれ単独で導入した反応よりも多くの一酸化炭素がCO2還元生成物として発生することを見出しました。さらに、反応溶液の様子を分光学的な方法によって追跡したところ、アニオン性Ir錯体を単独で用いた反応よりも、アニオン性部分の分解が顕著に抑制されることが分かりました。これは、上記のイオン対効果が実際に光増感剤の高性能化に反映されたことを示す重要な成果です。
20230707-pr-sobun-01-02.png
図2:イオン対を光増感剤とするベシクル膜におけるCO2還元反応

〈今後の展望〉
 本手法の特筆すべき点は、2つの分子が共有結合でつながった複雑な化合物を費用と時間をかけて合成する必要はなく、市販もしくは容易に合成できる適当な分子を持ち合わせていれば、それらを混ぜるだけでイオン対を合成できることにあります。プラスもしくはマイナスの電荷を持つ分子であれば、多様な組み合わせを網羅的に検討することができ、今後さらに優れた光増感剤を探索するための糸口になるものと期待されます。その適用範囲はIr錯体に限らず、地球上に豊富に存在する金属の錯体や金属を含まない有機化合物へ拡張でき、カーボンニュートラルに資する人工光合成技術の開発に貢献できることが期待されます。


発表者

東京大学 大学院総合文化研究科
滝沢 進也(助教)
奥山 貴太(研究当時:修士課程)
山崎 傑(修士課程)
佐藤 景一(研究当時:技術補佐員)
正井 宏(助教)
岩井 智弘(講師)
村田 滋(名誉教授)
寺尾 潤(教授)


論文情報

雑誌:Journal of the American Chemical Society
題名:Ion Pairing of Cationic and Anionic Ir(III) Photosensitizers for Photocatalytic CO2 Reduction at Lipid-Membrane Surfaces
著者:Shin-ya Takizawa,* Takahiro Okuyama, Suguru Yamazaki, Kei-ichi Sato, Hiroshi Masai, Tomohiro Iwai, Shigeru Murata, Jun Terao
DOI:10.1021/jacs.3c03625


研究助成

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)「イオンペア形成に立脚したイリジウム増感剤の高機能化(課題番号:20K05525)」、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(革新的光物質変換・公募研究)「人工脂質二分子膜を活用した水の光分解システムの構築(課題番号:20H05093)」の支援により実施されました。


用語説明

(注1)光増感剤
一般に、光を吸収して高エネルギー状態(励起状態)になり、そのエネルギーを他の物質に渡すことによって反応を開始させる物質をいう。反応の前後でそれ自身は変化しない。天然の光合成ではクロロフィル類(葉緑素)がその働きをすることが知られている。

(注2)電子源
電子の供給源であり、ここではCO2を還元するための電子を供給する物質をいう。人工光合成を実現するためには、水の酸化触媒との組み合わせによって、将来的には水を電子源とすることが求められる。

(注3)触媒
反応の前後でそれ自身は変化しないが、ある特定の化学反応の反応速度を増大させる物質。ここでは、受け取った電子を用いてCO2の還元反応を促進する物質をいう。

(注4)イリジウム錯体
イリジウム(金属、元素記号Ir)のイオンに有機化合物が結合した分子。結合させる有機化合物の種類を変えることで自在に物性を変えることができる。比較的安定に取り扱うことができるため、近年では発光材料、バイオイメージング、光線力学療法に向けた薬剤、光を用いた有機合成など、その応用範囲は多岐に渡っている。

(注5)ベシクル
水になじむ親水性部分と油になじむ疎水性部分から成る両親媒性分子が、疎水性部分を向き合わせるように水中で自己集合して形成する袋状の二分子膜。ある種のベシクルはリポソームとも呼ばれ、新型コロナウイルスワクチンにも用いられている。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

前のページへ戻る

総合情報