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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2023.08.04

【研究成果】デジタルオーディオプレーヤーの再生性能を精密かつ手軽に測定する方法 ――サンプリングジッターの絶対測定――

2023年8月4日
東京大学大学院総合文化研究科

発表のポイント

  • 2台のリニアPCMレコーダーを用いて、デジタルオーディオプレーヤーのサンプリングジッターを測定する方法を提案、実証した。
  • サンプリングジッターを測定する専用の測定器を製作、使用しなくても測定可能。
  • より原音に忠実なデジタルオーディオプレーヤーの開発や選定、より安定な基準信号源の開発が可能になる。

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円盤式蓄音機での音楽鑑賞。回転速度の安定性が音質に影響する。


発表概要

 東京大学大学院総合文化研究科の竹内誠助教と齋藤晴雄教授は、デジタルオーディオプレーヤーが持つサンプリングジッターを測定する新しい方法を提案し、実証しました。

 デジタルオーディオプレーヤー(CDプレーヤーを含む)は、デジタル音楽ファイルを読み出し、再生音に対応するアナログ電気信号に変換し、出力します。そして、この変換過程(Digital to Analog Conversion:DAC)は一定の周期で行われるという前提の元に、デジタル音楽ファイルが作成されています。しかしながら、現実のデジタルオーディオプレーヤーでは、内部にある基準信号源の安定性などが原因となり、必ずしも一定の周期でDACが行われていません。このDACが行なわれるタイミングのずれを、サンプリングジッターと呼びます。

 冒頭の図は、円盤式蓄音機から出力される音楽と、その音楽を鑑賞する人間を表しています。再生される音楽が歪まないよう、レコードの回転速度を一定に保つ必要があります。同様の理由で、デジタルオーディオプレーヤーの場合は、DACのタイミングを一定の周期に保つ必要があります。

 本研究では、デジタルオーディオプレーヤーから正弦波型のアナログ電気信号を出力させ、同一の電気信号を2台の独立なリニアPCMレコーダー(注1)で記録しました(図1)。その結果、わずか20ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)のサンプリングジッターを観測することができました。本研究の測定法は、音の周波数よりも高い周波数のアナログ電気信号に対しても適用でき、位相雑音(注2)の新しい測定法として応用が期待されます。

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図1:サンプリングジッターの測定方法
デジタルオーディオプレーヤーが出力するアナログ電気信号を、2台のリニアPCMレコーダーに入力、録音し、記録波形を解析する。


発表内容

〈研究の背景〉
 デジタルオーディオプレーヤーを用いて、12キロヘルツの正弦波型のアナログ電気信号が出力されるように書かれた波形ファイルを再生させる場合、現実には、DACが持つサンプリングジッターにより、ゆがんだ正弦波型のアナログ電気信号が出力されます(図2)。

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図2:サンプリングジッターによってゆがんだ正弦波型のアナログ信号
横軸は位相、縦軸は電圧。完全な正弦波からのずれの大きさを、塗りつぶされた帯の幅の太さで表現している。
 従来、アナログ電気信号の正弦波からのゆがみは、クロススペクトラム法に基づく分析装置(位相雑音アナライザー)を用いて測定されてきました(E. Rubiola and F. Vernotte, "The cross-spectrum experimental method," arXiv:1003.0113 (2010))。ただし、音と同じ20ヘルツ~20キロヘルツの周波数帯域は電気的な雑音が多いため、市販されている装置は対応していません。

 音の周波数帯域に限定すれば、アナログ電気信号の測定器の代わりにリニアPCMレコーダーで測定することも可能です。ただし、1台のリニアPCMレコーダーを使用するだけでは録音過程(Analog to Digital Conversion:ADC)におけるサンプリングジッターも、記録波形に含まれてしまいます(A. Nishimura and N. Koizumi, "Measurement of sampling jitter in analog-to-digital and digital-to-analog converters using analytic signals," Acoustical Science and Technology 31(2), 172-180 (2010))。そこで本研究では、2台のリニアPCMレコーダーを用いて、DACに伴うサンプリングジッターのみを測定しました。

〈研究の内容〉
 図2に示した通り、サンプリングジッターによる波形のゆがみは、電圧がゼロとなる付近で大きくなります。そこで、記録波形から電圧ゼロ時間を算出しました。レコーダーA(B)で得られた記録波形の電圧ゼロ時間は、理想的には一定周期で出現することから、それぞれのゼロ交差ゆらぎが求まります。ゼロ交差ゆらぎは、DACのサンプリングジッターとレコーダーA(B)のサンプリングジッターの和となります。したがって、ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーA)―ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーB)にはDACにおけるサンプリングジッターは含まれず、ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーA)+ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーB)にはDACにおけるサンプリングジッターが含まれます。図3は、ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーA)±ゼロ交差ゆらぎ(レコーダーB)を横軸とし、縦軸を頻度としたヒストグラムです。マイナスのほうが分布幅が狭くなり、標準偏差(Standard deviation:図中ではdev{ }と表記)で評価すると、マイナスの場合 50.6ピコ秒、プラスの場合100.0ピコ秒となります。これらの値から、DACにおけるサンプリングジッターが43ピコ秒と求まります。
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図3:ゼロ交差ゆらぎの和と差の頻度分布
 デジタルオーディオプレーヤーの場合、左音声(L)出力と、右音声(R)出力があります。L出力とR出力のDACタイミングは同一であるという内部構造モデルを立て、別の配線条件で測定されたサンプリングジッターと比較することで、最終的なサンプリングジッターが求まります(注3)。実験で使用したデジタルオーディオプレーヤーが持つサンプリングジッターは、約20ピコ秒と求まりました。

〈今後の展望〉
 本研究の測定法を用いることで、オーディオ機器の個人ユーザーは、より原音に忠実なデジタルオーディオプレーヤーを、客観的に選定することができます。また、本研究の測定法は、オーディオ機器の製品開発にも有用です。

 さらに本研究の測定法は、基準信号源(Device Under Test:DUT)の位相雑音測定にも適用できます。現在の主流であるクロススペクトラム法では、測定時間を延ばして平均化することにより、測定器の雑音を除去します。それに対して本研究の測定法では、平均化による測定器の雑音除去は不要です。DUTの性能評価に必要となる測定時間を、理論限界まで短縮化できます。水晶発振器などの基準信号源は、無線通信やデジタル信号処理などに必要不可欠な部品です。本研究の測定法を用いることで、より安定な基準信号源が開発され、より高速な通信や情報処理が実現されると期待できます。


発表者

東京大学 大学院総合文化研究科
竹内 誠(助教)
齋藤 晴雄(教授)


論文情報

雑誌:The Journal of the Acoustical Society of America
題名:Absolute measurement of sampling jitter in audio equipment
著者:Makoto Takeuchi and Haruo Saito
DOI:10.1121/10.0020291


用語説明

(注1)リニアPCMレコーダー:音に対応するアナログ電気信号をデジタル信号に変換し、リニアPCMという形式で音声ファイルを作成します。デジタルオーディオレコーダーとも呼ばれています。身近にあるスマートフォン、PC、ICレコーダーでも録音は可能ですが、リニアPCMレコーダーは録音機能に特化した録音性能の高い装置です。

(注2)位相雑音:アナログ電気信号の正弦波からのゆがみは、位相雑音と振幅雑音に分類できます。位相雑音は時間方向のゆがみで、振幅雑音は電圧方向のゆがみです。

(注3)別の配線条件:L出力とR出力の直後にそれぞれ電気抵抗を追加し、その後、結線して電流を合流します。電気抵抗の値はリニアPCMレコーダーでの測定値に合わせて、両方とも200オームとしました。この配線条件で測定すると、サンプリングジッターは33ピコ秒でした。図1の配線条件で測定されたサンプリングジッター(43ピコ秒)との違いから、デジタルオーディオプレーヤーが持つ最終的なサンプリングジッター(20ピコ秒)を算出しました。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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