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2024.06.26
【研究成果】日本の水の個性を解析 ――全国の水道水質一斉調査――
2024年6月26日
東京大学大学院総合文化研究科
発表のポイント
- 日本国内1564地点の水道水に含まれるミネラルなどの無機成分を測定し、日本の水道水質の特徴づけを行いました。
- 分析した水道水の99%以上が飲料水基準に適合し、水道水中のカルシウム、マグネシウムなどの主要な無機成分の濃度は他国と比較して低い傾向にある特徴がありました。
- 水道水中の微量金属成分の濃度の変動要因は、水源の水質変動ではなく供給配管や蛇口設備などの地域インフラに依存していることが示唆されました。

概要
日本は水道水を飲用できる数少ない国の一つですが、その水質について一元的に網羅している公開情報は少なく、全国的な評価をしている研究は乏しい現状があります。東京大学教養学部附属教養教育高度化機構の堀まゆみ特任助教らの研究グループは、2019年から2024年にかけて、日本全国47都道府県の水道水(終端の蛇口水)1564地点、海外33か国194地点の水道水を採水し、水道水に含まれる無機成分(注1)の調査を行い、地域ごとの特徴づけを行いました。日本の水道水は他国と比較して、カルシウムやマグネシウムなど主要無機成分濃度が低く、世界保健機関(WHO)の分類では軟水と位置付けられますが、その分布は地域によって大きく異なることが明らかになりました。一方、微量金属成分(注2)については、水道原水の水質や地域性とは別に、供給配管や蛇口などのインフラによる影響が強いことが示唆されました。
本研究による大規模な日本全国を網羅した水質調査は類を見ず、本研究により提供されたデータセットは、環境分野のみならず、さまざまな分野で基礎データとして活用されると期待されます。
発表内容
日本は水道普及率が98%と世界水準と比較しても高く、飲用として充分に安全な水が安定的に供給されています。その水道水質管理は水道供給元に委ねられており、そのほとんどが法令で定められた水道水質基準を達成しています。しかし、水道水に含まれる微量な成分濃度の情報に限らず一般的な水質項目であっても一元化された情報源にアクセスすることが難しく、他地域と水質の水平比較が簡単にできない問題があります。また、水道水中に普く含まれる無害な成分については、濃度などの対応するデータがほとんど公開されていません。さらに、水質監視は決められた地点での定点観測が主であり、それ以外の地点、たとえば家庭など消費者が利用する私的環境における水質データが大幅に不足しています。
現在、日本では高度経済成長期に敷設された水道管の多くが耐用年数を過ぎ老朽化が進み、さらに、豪雨や地震などの自然災害の増加もあり、古い水道管の損傷や劣化による水質悪化が懸念されています。記憶に新しい2024年1月1日に発生した能登半島地震では、水道管破損数が東日本大震災の7倍となりました。資金や人材の不足から、水道管の更新や耐震化が追い付いていない現状があり、水質を維持するために継続的なモニタリングが必要です。このような状況の中、水道水質を調査することは、汚染物質の存在有無を確認するだけでなく、水質評価や公衆衛生の確保にとって重要であり、水環境に関わるあらゆる社会的側面に対して必要不可欠な基礎データの提供につながります。さらに、SDGs6の掲げる「安全な水の利用と持続可能な管理の確保」に貢献できます。
そこで、本研究では日本各地の水道水を有害・無害にかかわらず多くの元素を高精度に分析することによって、さまざまな水質の基準にかかわらず浄水場で行う水質検査では見えてこない隠れた水の特徴を解き明かし、その分布を可視化することを目的とした水質調査を開始しました。2019年から日本全国47都道府県1564地点の水道水(終端の蛇口水)を採取し、カルシウム、マグネシウムなどの27種類の無機成分を測定し、さらに味に関係する硬度(注3)についても評価し、それらの水質分布を示しました。同時に、日本の水道水の特徴を明らかにするために、ヨーロッパやアジアを中心に海外33か国194地点から水道水を採水し、同様に調査を行いました。
その結果、日本の水道水は他国と比較して、カルシウムなどの主要成分濃度が低く、例えば水の硬度の平均値は50.5 mg/Lであり、WHOの分類では軟水に区分されます。さらに、日本国内では地域によって濃度に幅広い分布があり、ヴァリエーションに富んでいることがわかりました(図1)。その中でも、関東地方、特に千葉県で主要無機成分濃度が高い傾向がありました。一方で、微量金属成分の検出傾向は、蛇口ごとに異なり、地域性は確認されませんでした。

年間を通した水質変動を検討するため、水道水の原水が異なる、東京都杉並区、武蔵野市、新潟市の3都市の同一水栓で月2回約2年のモニタリングを行いました。その結果、主要元素の変動に対し、微量金属成分は異なる挙動を示すことが明らかになりました。これより、微量金属成分の濃度の変動や基準値超過は、原水の水質や地域によるものではなく、供給配管などの局所的な要因が影響していることが示唆されました。
また、本研究で調査した水道水を日本の水道水質基準に照合したところ、水道水質基準値を1項目でも超過した地点は約1%(17/1564地点)であり、日本の水道水の水質は良好であることが示されました。基準値超過が確認された地点の施設はさまざまな形態であり、特定の水源や地域に偏らず散在していたことから、基準値超過は給水過程における特定の影響が原因と考えられます。
本研究の成果は「Scientific Reports」(オンライン版2024年6月19日)に掲載されました。本研究により、各地域の特性に応じた水道水の管理と改善策を策定するための基盤となる情報を提供することが可能になります。日本の水道水に関する包括的な知見は、環境分野のみならず、水道消費者への啓発活動など、幅広い分野において貢献でき、重要なプラットフォームとなることが期待されます。
〇関連情報:
詳細な地点データおよび水質情報については、下記URLのGoogle mapsからご覧いただけます。
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1F54rvmQzNr64zLUDT6LzjNg_QGMhXFPC&u sp=sharing
「プレスリリース あなたの水道水、「硬さ」調べました~日本全国水道水の硬度分布~」(2021/06/29)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20210629watanabe_horisoubun01.pdf
発表者・研究者等情報
東京大学
堀 まゆみ 教養学部附属教養教育高度化機構 特任助教
小豆川 勝見 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教
滝澤 勉 大学院総合文化研究科 共通技術室 技術専門職員
渡邊 雄一郎 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授(研究当時)
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
題名:Distribution of inorganic compositions of Japanese tap water: a nationwide survey in 2019-2024
著者名:Mayumi Hori*, Katsumi Shozugawa, Tsutomu Takizawa, Yuichiro Watanabe
DOI:10.1038/s41598-024-65013-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-65013-4
研究助成
本研究は、文部科学省科研費「若手研究(課題番号:19K15121)」、「基盤研究B(課題番号:23H03550)」、クリタ水・環境科学振興財団 国内研究助成(20A046)、住友財団環境研究助成(213290)の支援により実施されました。
用語説明
(注1)無機成分
金属元素や非金属元素を含む炭素を主成分としない物質群のことを指します。本研究では、主要無機成分として、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、硫酸イオン、塩化物イオン、硝酸イオンを指しています。
(注2)微量金属成分
主要無機成分濃度に比較して極微量に含まれている金属成分を指します。本研究では、測定項目のうち、アルミニウム、鉄、銅、亜鉛、マンガン、ニッケル、鉛を指しています。
(注3)硬度
水質を表す指標のひとつ。水に含まれるカルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)の濃度を炭酸カルシウムの濃度で換算したもの。単位はmg/L。 CaとMgの濃度が高いと硬い水(硬水)、濃度が低いと軟らかい水(軟水)となる。世界保健機関(WHO)の分類では、60 mg/L以下を軟水、60~120 mg/Lを中硬水、120~180 mg/Lを硬水、180 mg/L以上を超硬水としています。