HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報536号(2011年2月 2日)

教養学部報

第536号 外部公開

世界柔道選手権を制した秘技「柴山縦」

松原隆一郎

柴山修氏による実演
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〈1〉相手がうつ伏せ(亀)

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〈2〉めくり返す

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〈3〉相手を越えて抑え込みへ
2010年9月、東京で五十二年ぶりに柔道の世界選手権が開催された。結果は八階級で男子が金四個、女子は金六個。近年にない好成績であった(前年のロッテルダム大会は、男子ゼロ、女子三個)。

日本柔道界は、この結果に湧いた。そうしたなかで、国立七大学(旧帝国大学)柔道部関係者に限り、目を見張った光景があった。一般ファンは気付かず話題にもならなかったことではあるが、学部報の場を借りて紹介させていただきたい。

73キロ級で初めて金メダルを獲得した秋本啓之(了徳寺学園)は、全六試合のうち、決勝も含め三つの一本勝ちを寝技の抑え込みで奪った。それがいずれも、「柴山縦(しばやまたて)」によるものだったのである。「柴山縦」とはうつ伏せ(「亀」と呼ばれる姿勢)の相手をひっくり返して押さえ込む技の名称で、東大柔道部OB、現在は医学部大学院生であり国立がん研究センターのリサーチ・レジデントでもある柴山修氏が学部三年生時(1991年冬)に編み出したものである。七大学柔道部では柴山氏の作になることはよく知られており、現在も主要な技として多用され、「柴山返し」「柴山縦返し」とも呼ばれている。

オリンピックや世界選手権等で目にする柔道の国際ルールでは、双方が寝姿勢に入っても十秒そこそこで「待て」とコールがかかり、立ち位置から試合が再開されるため、寝技で攻められるとうつ伏せ(「亀」)になって時間を潰すことが大半である。

ところが「柴山縦」では、亀になった相手に頭方向から覆い被さり、脇に腕を差し込んで逆の襟をつかみ〈1〉、もう一方の手は帯を握って後方(縦方向)にひっくり返す〈2〉。そのまま袈裟固めになる〈3〉と、襟をつかんでいる分だけ、袖を握る通常の袈裟固めよりも強烈な押さえ込みになる。

秋本選手は切れ味鋭い背負い投げで、高校時代には66キロ級ながら無差別級で優勝するという離れ業を成し遂げた逸材である。すぐにでも頭角を現すかと期待されたが、減量苦と怪我で学生時代にはオリンピック・世界選手権の王座には届かなかった。背負い投げも研究され「画竜点睛を欠く」状態となっていた。その秋本選手が「柴山縦」を修得、一回戦から連発して、王座を獲得したのである(その様子はYoutubeに投稿されている)。

この技が生まれた背景として、「七大戦ルール」が国際ルールとは異なり、寝技では「待て」がかからず延々と攻防が続くことがある。それゆえ多彩な新技が、毎年のように登場する。同じく亀を裏返す京大の「遠藤返し」(SRT)も有名だ。

柴山氏はいったん社会人になった後、医学部に再入学、現在に至っているが、その関係で2001、2002、2003年にも七大戦に出場、「柴山縦」を駆使して一本勝ちを収めている。柴山氏は名古屋で就職していた1995~1996年に名古屋大学柔道部で稽古をしており、その時期に「柴山縦」は名大に伝わった。さらに京大でも教えたところ、翌年には阪大でも使われていたという。瞬く間に七大学に普及したのである。

けれども国際ルールの大会で強豪がこの技を使い勝利するとは、筆者などは正直言って予想できなかった。というのも世界レベルの選手となると体幹が異様なまでに発達しているため、軽量級であれ柴山縦でうつ伏せをめくり上げることは不可能と思っていたからだ。しかし秋本選手は準決勝で「絶対王者」と言われる韓国の王己春をもこの技で返し、数秒間は押さえ込んで判定勝ちを得た。世界で通用することが実証されたのである。

柴山氏によれば、この技を思いつくヒントは二つあった。一つは、襟を持って亀を返す技術。これは田所勇二元コーチが試合で見せていたものである。もう一つは襟をつかむ岡野功元師範の押さえ込み。この二つが実は一連の動きで合体することに気づいた点が、柴山氏のオリジナルといえるだろう。

東大柔道部では、このように過去の技に学び反復するなかで、新たな技の開発に取り組んでいる。そうした「発明」は、多くが稽古中に得たかすかな「気づき」を、稽古後に遊びのようにして反復するうちに技として磨き上げたものである。柔道部員は稽古後に寝そべったり喋ったり取っ組み合ったりしているが、実はそのようにゆったりした時間が新技の「揺籃期」であり、柔道修行の重要な部分となっている。東大柔道部は、他大学の多くのようには専用道場をもっていない。他のサークルからすれば「早く道場から出て行けよ」と言いたくなるかもしれないが、大目に見て下さるよう、部長としてお願い申し上げる次第である。

(国際社会科学専攻/経済統計/東大柔道部長)

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