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東京大学教養学部創立70周年記念シンポジウム 「学際知の俯瞰力―東京大学駒場スタイル」   五神総長挨拶

 ただいまご紹介をいただきました、東京大学総長の五神真です。
 本日は、休日にもかかわらず、多くの方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。日頃、この教養学部に対し、様々な形で応援していただいている皆様に沢山、ご来場いただいていると伺っております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 教養学部創立70周年記念シンポジウムの開催にあたり、本学を代表して、ご挨拶申し上げます。

 東京大学は、1877(明治10)年に、法、文、理、医の4学部で発足しました。ことしのNHK大河ドラマ「韋駄天」に登場する、あの嘉納治五郎先生は文学部の第一期生です。東京大学は2年前に140周年を迎えましたが、第二次世界大戦終戦をはさみ、前後ほぼ70年ずつに分かれます。
 後半の70年は、東京帝国大学が新制東京大学として再出発することになります。新制東京大学の発足は1949(昭和24)年で、その時にこの教養学部が創設されたのです。当時駒場にあった第一高等学校と中野にあった東京高等学校を再編する形で、教養学部が東京大学の独立した学部としてスタートしました。

 敗戦によって、日本はそれまで築いてきた政治、経済、社会のしくみの全てを、不連続な形で転換する必要がありました。教育制度についても、子どもたちに受けさせなければならない義務教育を何年にするかといった、根本的な枠組みづくりからやり直すことが求められていたのです。
 終戦の年の12月に東大総長となった南原繁先生は、東京大学の再興と共に、戦後の日本全体の教育システムの構築を主導されました。大学制度改革においては、前期2年間の一般教養教育は教員のみの組織である「教養部」が行うという形が標準的で、東京大学以外の国立大学はすべてこの形をとりました。しかしながら、1947年に教育基本法と共に制定された学校教育法に、この教養部という組織の位置づけは明記されず、その結果、各大学の教養部は組織上の足場が脆弱だという問題を抱え込むことになります。これに対し、東京大学では学校教育法に定めのある、独立の学部として、教養学部を設置することにしました。この議論を主導されたのは、南原繁先生と初代の教養学部長となる矢内原忠雄先生で、旧制高校が実現していた人間教育を受け継ぎ、教養教育として拡充するという立場を強く打ち出すものだったと思います。
 1949年5月31日、新制の東京大学の発足と同時に、教養学部が新たに創設されました。その年の6月上旬に実施された入学試験を経て、第1回目の入学式が安田講堂において開催されたのが、ちょうど70年前の今日、7月7日でした。この時の入学者数は1804名であったと記録されています。1949年は旧制高校最後の卒業生が多く入学した4月12日の入学式とあわせて、2回の入学式が行われたのです。
 こうして新たに東京大学に入学した学生たちは、さっそく駒場の地で大学教育を受けていきます。新制東京大学として最初の入学式で南原総長は「大学の再建」と題し、平和文化国家として日本が再興するために、新制大学の理念と新制東京大学が目指す課題について述べておられています。
 そこでは新制大学への改革の眼目として、次の2つをあげています。

「一つは、従来のような少数の大学に直結する少数の高等学校制度の代わりに、全国の所在に多くの新制高校と大学を設け、能力ある者は誰でも大学教育を受けうる機会均等を与えた点である。
 二つには、在来の大学教育の内容があまりに専門的に偏重しすぎていたのを改めて、一般的教養をとりいれた点である。特にこの第二の点は、一般に大学の機能あるいは使命に関する重要な問題を含み、その成否いかんに新大学制の将来の命運がかかっていると称していい。」

 南原先生が示した、この一般教養教育すなわちリベラルアーツが、70年経った今、よりいっそう重要な意義をもつようになって来ていることは明らかです。 
 東京大学は、今まさに、第三のフェーズ、すなわちUTokyo3.0という次の70年に向けて進み出したところです。今、また、世界は大きく変化しつつあります。この変化を地球と人類にとってより良い未来につなげるために、東京大学はその変革を主体的に駆動するという大きな目標を掲げ、それに向けた歩みを始めています。
 この新しい歩みの中で、この教養学部の発足に力をそそいだ先達の思いを噛みしめ、その使命を受け継いでさらに発展させ、新しい東京大学をつくる牽引役にならねばならないのです。そのような大きな期待を込めて、この駒場の地で歴史を重ねてきた教養学部の70周年を、本日ご来場の皆さまと共に祝いたいと思います。

 さて、東京大学では、毎年3000名を越える学部の新入生を迎えています。そのすべての新入生が、前期課程の2年間をここ教養学部で学び、その後各々の関心に応じて、3・4年次の後期課程を本郷キャンパスや駒場キャンパスにおいて学ぶべく、それぞれ進学選択していく。そういう教育システムを、東京大学は採用しています。
 つまり教養学部は、東京大学への入学生を一旦全て受け入れ、それら学生たちが、それまでの受け身の学びではなく、自ら知に積極的に関わり、新たな知を創造し、そしてやがて様々な人々、地域、社会を繋いで一緒に行動できるような、「知のプロフェッショナル」となるための最初の方向付け、すなわちギアチェンジをする場なのです。
 前期課程教育は、その意味で東京大学の中でひときわ重要な役割と使命をもっています。学生たちが能動的な学びを進めていくための知の技法の基盤を、そこで教授しているのは、文系・理系・文理融合系のあらゆる学問領域をカバーし、「学際性」・「国際性」・「先進性」を特色とする教養学部後期課程および大学院総合文化研究科において教育・研究を担っている、優秀なスタッフたちなのです。
 東京大学では、この学部前期課程、後期課程、大学院から成る重層的な教育研究体制のことを「三層構造」と呼んでいます。後期課程・大学院レベルの教育・研究を十全に担っているスタッフ――すなわち、高度に専門的な学識に裏付けられ、日々自ら「新たな価値創造」にチャレンジしている教授陣――が、東京大学への全入学者の前期課程教育を担う、という厚みを有する教育の体制は、我が国のみならず、世界においても類まれな教育システムであり、この70年間に培った、東京大学の重要な資産なのです。
 地球規模の課題が急速に深刻化する中で、時代が求める大学の役割をしっかり果たすためには、大学の入り口である教養学部が充実し、入学した学生が初めて出会う学知の魅力をいっそう輝くものにしていかねばなりません。だからこそ、現在進めている東京大学全体の改革において、教養学部の強化を最重要と位置づけ、大学全体で支援をしているところです。

 皆様お気づきのように、駒場の取組は、東京大学の中でも際立って先進的です。世界各国からの留学生、中には英語のみで教育を受け卒業していく学生の為のコースもあります。さらに、一・二年生が最前線の学問を直接学ぶ「アドバンスト理科」も今年開講しました。スポーツやアートについての先進的な教育研究も駒場から出てきています。
 多様な学生たちに多様な学びを実現させるために、教育研究プログラムを工夫しようという駒場の先生方の熱意と情熱が、今日の教養学部、ひいては東京大学全体のダイナミズムの基盤となっているのでしょう。
 教養学部創立70周年の節目となるこの記念すべき機会に、東京大学の駒場、本郷、柏というキャンパスの三極構造の一極を占めるとともに、三層構造の全てに携わるこの教養学部・総合文化研究科が、引き続き教育・研究を充実させていくことを願うとともに、本日ご来場の皆さまの益々のご発展を祈念し、私からの挨拶とさせていただきます。

以 上

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