HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報604号(2018年11月 1日)

教養学部報

第604号 外部公開

暗黙の臓器の機能を目で視て明らかにする

坪井貴司

“Gut Feeling”という言葉をご存じでしょうか。直感と訳されます。日本語には、「腑に落ちる」という言葉があります。私たちの感情や行動を表す言葉には、「Gut」や「腑」、つまり「腸」が用いられます。なぜ「腸」を私たちの感情や行動を表すのに用いるのでしょうか。
感情や行動を司る臓器と言えば、まず脳が思い浮かぶと思います。脳には、複雑で巨大な神経ネットワークが存在し、神経伝達物質やホルモンなどのやり取りを行うことで、感情や行動を制御しています。実は、この脳の神経ネットワークと同様なネットワークが私たちの腸にも存在しているのです。つまり、腸でも脳と同様に神経伝達物質やホルモンを分泌し、腸から脳へ情報を伝達することで、私たちの感情や行動を調節することが明らかになってきました。しかし、どのような刺激が腸を活性化して神経伝達物質やホルモンを分泌させるのか、また腸から分泌された神経伝達物質やホルモンがどのようにして脳に作用(「腸脳連関」と呼ばれます)するのかは不明です。そこで私の研究室では、腸、特に「暗黙の臓器」と呼ばれる小腸のホルモンを分泌する細胞(以下、小腸内分泌細胞)の機能を明らかにすることに取り組んでいます。そして、どのような刺激が小腸内分泌細胞のホルモン分泌を引き起こすのか、そして分泌されたホルモンがどのように感情や行動を調節するのか、つまり「腸脳連関」のしくみについて解明することを目指しています。
そのためには、まず「ホルモンが小腸内分泌細胞から分泌される様子をリアルタイムに視る」ことが必要です。ではどのようにすれば、細胞から出る小さなホルモンを視られるのでしょうか。私の研究室では、視たいホルモンにオワンクラゲから取り出した蛍光タンパク質という行燈をくくりつけます。そして、暗室の中でディジタルカメラのついた特殊な顕微鏡を使い、その行燈から発せられる光を追跡します。この方法で私たちは、小腸内分泌細胞から分泌されるインクレチンというホルモンの分泌反応を直接視ることに成功しました。このインクレチンは、食欲を抑えたり、インスリン分泌を促進したりするホルモンです。また、最近私の研究室では、ホルモン分泌などの機能を調節している細胞内の特定の分子(例えば、cGMP、cAMP、ATPなど)の濃度変化により蛍光強度が変化する蛍光センサーの開発にも成功しました。なお、私たちの研究室で開発した蛍光センサーは、略称が鳥または哺乳動物というルールに基づいて命名しています。これらの解析技術を駆使することで、小腸内分泌細胞の意外な生理機能が明らかになってきました。例えば、甘味やうま味、苦味や脂質といった、私たちの食事に含まれる味覚物質によって、インクレチンが分泌されることが分かりました。さらには、腸内細菌が作り出す物質である酢酸や酪酸などによってもインクレチンが分泌され、肥満や食欲を抑制することも分かってきました。このように、小腸内分泌細胞は、小腸内に存在する様々な物質を検知する化学センサー細胞として機能することが分かってきています。
しかしながら、一つ一つの物質の小腸内分泌細胞への作用を見ただけでは、小腸の機能の総合的な理解には程遠いと思われます。なぜなら実際の腸内では、小腸内に存在する無数の物質が小腸内分泌細胞に総合的に作用してインクレチン分泌を制御しているからです。その作用は非常に複雑で、現時点ではまだその全容を解明できていません。それでも、地道に一つ一つの物質がどの様に小腸内分泌細胞に作用するのか、様々な蛍光センサーを開発して解析に用いることで、いつの日にか「腸脳連関」の統合的な理解にたどり着くと信じ、研究室メンバーと共に研究を楽しんでいます。

(生命環境科学/生物)
 

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