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最終更新日:2021.02.03

教養学部報

第624号 外部公開

<駒場をあとに> 度胸千両

磯﨑行雄

image624_1_1.jpg 子供時代に読んだ漫画には、お茶の水博士、天馬博士(鉄腕アトム)、敷島博士(鉄人28号)などなど、博士がいっぱい出てきた。おかげで近所のおじさん達とは全然違う「非凡な博士」が子供の頭の中で学者のイメージとなった。また、身近で実例を見たことがなかったので、学者という人種はお互いを「博士」と呼び合うものだと長く信じていた。当然ながら、大学に入るとそんな妄想は瞬時に瓦解した。現実の博士たちの中には非凡・平凡を含む実に多様な人がいて、学者のイメージは一旦白紙に戻った。それでも、卒論・修論・博論と研究を進める中で「憧れる研究者のイメージ」が再び作られ始めた。
 どの業界(分野)にも大多数の凡人達から大きく突出するスーパースターがいる。マツザカ、マツイ、イチローらに憧れた野球少年は数えきれないだろう。駆け出しの学生にとっては、まずは著名な国内の先人の中にそのイメージを見つけることになるのではないか。ちょっとませてきて視野が広がると、海外のビッグネームに対象が移るかもしれない。私の場合も、まずは母校の先輩・先生方の中で、次に国内の学会内で、そして国際的な舞台でアイコンを探し続けてきたように思う。
 若い研究者が数あまたの先達の中で格好いいと判断する基準は何か。それは刺激的な講演、瞠目させられる論文や教科書などであろう。特に従来の考えに対して革新的なアイデアを提案する人物に、若手研究者は憧れるものだ。若者が先人の達成済みの成果だけを見て憧れるのは簡単だ。しかし、格好よく見える人達自身が研究の真最中だった頃の状況、あるいは同時代のその他大多数の研究者達との決定的な違いは何だったのかは、駆け出しの頃の私にはわからず、単に生まれつきの才能の違いかなと思っていた。それはそうに違いないのだが、やがて自分で何度も学会発表や論文執筆をこなすようになって、別な要素がおぼろげながら見えてきた。分野を問わず学問の先端は未知なことだらけなのが普通で、多くの同業者たちが全員納得できることなどは、そもそも学会発表したり論文化する値打ちはない。格好いい研究者というのは、自らの考えがまだ大きな不確実性に満ちていた段階で、それゆえ学会/学界での大きな抵抗が予見された状況下で、挑戦的な主張を決断できた人達なのであろう。周囲からの反論や抵抗が大きければ大きいほど、格好よさが目立つことになる。コペルニクス、ダーウイン、ウェゲナーらはちょっと偉大すぎるが、もっと下々のレベルでも結局同じだと思う。
 要するに、学者にも「度胸」が必要なのだ。冷静に論理を積み重ねるのが博士の仕事とずっと思い込んでいたが、実は叩かれてなんぼで、値打ちは度胸で決まるのが研究の世界だと気付いた。とはいえ、若い研究者はそんなに自由に生きられない。キャリアの最初で大向うから睨まれることを想像すると、萎縮/自重するのが普通だろう。ならば革命の大志は一旦心の奥底に隠し、とりあえずはちょっとだけ生意気なことから主張するのが良策かもしれない。それでも、ある程度の度胸は必要だ。ずっと根性なしだった私自身は、格好いい博士にはなれなかったが、叩かれても生意気なことを言うのが愉しいという心境にまでは遅まきながら辿りついた。これからの若手研究者には、まずは度胸が大事と自覚した上で、是非世界に向けての生意気発信を心がけてもらえればと思う。お役人のような真面目な先生方が多い本郷に比べて、駒場は自由な感じがあるとよく言われる。そんな生意気をも許す雰囲気を楽しませてくれた、宇宙地球部会や広域システム科学系の歴代ならびに現役のメンバー、そして駒場という独自世界に改めて感謝したい。
 駒場といえば、天気の良い週末にワン公を連れて緑豊かなキャンパス内を隅々まで歩き回らせてもらったことが思い出深い。ある冬の日、一二郎(浪)池の周りで、我々の足音に驚いた多くの鴨が一斉に水面から飛び立った。反射的にそれを追いかけたワン公はジャンプ一発、見事にザブン!ずぶ濡れで呆然と池の中に立ち尽くしていた姿が懐かしい。さらに遡ると、私が地方大学助手時代に、駒場へ研究打ち合わせに来た際の鮮烈なエピソードがある。駒場の院生が「とても便利な宿を手配しておきました」と言って案内してくれたのが、その当時不法占拠されていた駒場寮だった。たしか一泊二百円で泊めてもらったと思うが、健康者でも必ず病気になりそうなジトッと湿った布団の怖さで、しばらく眠れなかった記憶が鮮やかに蘇る。あの寮も今や駒場の都市伝説の一つかもしれない。当時の寮を「管理」していた学生達が違法な電線工事による盗電をしていたことは、駒場赴任後に知った。いやはや駒場生は逞しい。これからも、意図的に脱線するくらいの度胸を持った駒場産の学問的スーパースターが続出することを願う。

(広域システム/宇宙地球)

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