HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報624号(2021年1月 5日)

教養学部報

第624号 外部公開

<本の棚> 現代ドイツへの視座―歴史学的アプローチ1-3
石田勇治・福永美和子 編 『想起の文化と グローバル市民社会』
石田勇治・川喜田敦子 編 『ナチズム・ホロコーストと 戦後ドイツ』
石田勇治・川喜田敦子・平松英人・辻英史 編 『ドイツ市民社会の史的展開』

大石紀一郎

 今秋刊行された石田勇治・川喜田敦子編『ナチズム・ホロコーストと戦後ドイツ』と上記二氏および平松英人・辻英史編『ドイツ市民社会の史的展開』は、シリーズ『現代ドイツへの視座――歴史学的アプローチ』の第二巻・第三巻にあたり、第一巻は二〇一六年に石田勇治・福永美和子編『想起の文化とグローバル市民社会』として刊行されている。
 第一巻は十八篇、第二巻は十四篇、第三巻は十二篇の論文や講演、ドイツ語の研究書からの翻訳を収録する。これらはグローバル地域研究機構ドイツ・ヨーロッパ研究センター(DESK)の研究・教育プログラムとドイツのハレ大学との間で実施された「日独共同大学院プログラム」を通じた日独双方の研究成果であり、シリーズの刊行が完結したことを歓迎したい。
第一巻では、現代ドイツにおける「想起の文化」が成立した文脈をドイツの研究者が総括し、想起の様態の変化や世代交代・政治的環境の変動がもたらす問題も取り上げている。日本側の論考は、ドイツやオーストリアの事例のみならず、フランス、ポーランド、イスラエルとの関係、市民の平和運動、国際司法、言語政策などもテーマとしている。過去の想起は現代における市民の社会的実践の中で構成されるが、その中で一部の集団に都合のよいアイデンティティを供給する記憶が構築されて公平な学術的歴史記述の受け入れが困難になる事態や、国民国家内で共有される想起の違いが国境を越えた対話を困難にする事情も論じられる。ドイツにおいて自国中心的な歴史記述の見直しが追求されてきたとする一方で、ヨーロッパ・レベルでの市民社会の成立に際して、制度的統合における「民主主義の赤字(不足)」を指摘する記述には考えさせられる。
 第二巻には、ナチスの支配体制とホロコーストの実態、戦後司法によるナチ犯罪の追及、戦争賠償ではなく「ナチ不法に対する補償」として条件付きで行われた補償などに関する日本の研究者による論考が収められ、ドイツの研究者の論考は戦後ドイツにおけるナチズムとの取り組みや「想起の文化」の発展に関する展望を与えている。「ナチズムの時代の記憶は(中略)今後もドイツにおける民主主義の安定のための土台となる」という言葉は現代ドイツにおける政治的正当性の基盤に関する重要な指摘であろう。
 第三巻では、「市民社会」をめぐる概念史的考察や文化システムについてのドイツ側の論考が現代的な意味における「市民性(シヴィリティ)」を論ずる枠組みを提示して、ナチズムという「文明の断絶」以後、日常の行動規範や礼節の変容により非暴力的で寛容な社会が発展するとともに、市民の民主的な政治参加が実質化し、基本権の尊重と法の支配が貫徹する「文明化」が進行したことが論じられる。日本の研究者の論考では、ドイツの市民社会の歴史的展開が教養市民と芸術をめぐる問題も含めて考察され、戦後ドイツの抗議運動に関する論考や、特定の階層に限定されない新たな価値観を共有する「市民性」が定着してきた過程を扱った論考は重要な示唆に富む。
 総じてドイツの研究者の論考は理論的枠組みに基づく展望を与えており、これは社会科学や哲学などとの対話を通じて獲得された知見でもあろう。日本側の論考は個別テーマに関する情報量が多く、具体的な事例はドイツやヨーロッパのものであっても、国境を越えてわれわれが学ぶことは多い。三巻の各所にドイツにおける市民社会の過去と現在、ナチズムとその想起の問題について取り組むためのヒントや今後の研究の出発点を見出す手がかりが与えられている。
 第二次世界大戦後、戦後補償と国家間の政治的和解にとどまらない問題が(西)ドイツ国内では「過去の克服」として提起され、社会的論争を経て想起の公的表象を変容させてきた。現在では「想起の文化」自体が歴史的に振り返られる対象になるとともにグローバルな規模でも考察されるようになっている。国家を枠組みとする市民社会論はナショナリズムを前提としたアイデンティティの構築と再確認を暗黙の内に認めることになりかねないが、現代における想起をめぐる問いは、国家・社会の境界によって区別されない領域においても、またグローバルな市民社会の成熟に際しても、提起されていくであろう。

(超域文化科学/ドイツ語)

第624号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報