HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報624号(2021年1月 5日)

教養学部報

第624号 外部公開

<送る言葉> 松尾先生をおくる言葉

小豆川勝見

 時が過ぎ去るのはあまりに早い。誰かが細工しているのではないかと思うほどである。松尾基之先生の研究室のメンバーに私を加えていただいたのは十七年も前のことである。この間、悪行の限りを尽くしてきた私をよくぞ放り出さなかったと、逆評定にある先生の「大仏」の評判は実に正しかったと改めて実感している。
 松尾先生は環境分析、とくに環境中の鉄に着目した分析を得意とされた。十五号館地下の放射線管理区域内には魔改造された先生の分析機器が鎮座している。私は何度聞いてもいまだにその仕様を完全に理解しきれていない。共同研究者には高野穆一郎先生、久野章仁先生をはじめ学外には実に個性派ぞろいの面々が並ぶ。先生のお人柄でなければ、まとめ切れることはなかったであろう(失礼!)と思うばかりだ。
 環境分析は、フィールドワークから始まる。山に海に、と書けば聞こえはいいが、ぐらぐらと湯立つ温泉で、酸素も薄い高山で、はたまた都心のど真ん中のドブ川で通行人に奇異に見られながら試料採取を行ってきた。外は真夏なのに冷凍庫で南極のサンプルを処理したり、全身に防護服を纏って福島原発周辺のサンプリングにご同行頂いたりしたこともあった。どんなフィールドワークであっても現場では体力と気合勝負の一面があるが、先生は長年社交ダンスで鍛え上げた体力で、一度たりともギブアップしたことがない(はず)である。
 松尾先生に教えていただいたことは、お手・お座りといった初歩の初歩からであった。分析手法にしても研究の進め方にしても、ここまで丁寧に、根気よく、面倒見の良い教授が他にいようか。助教に就かせていただいた後も、自由気ままに研究できる環境をご提供いただいた。二〇一二年には、(助教持ち回りのお役目があった年度にもかかわらず)お休みの機会を作っていただき、海外の研究炉で学ぶ機会もいただいた。国際学会のたびに目ぼしい仲間を見つけてきて、現在公開している論文の大半がそうやってできたネットワークによるものである。このような自由を頂けたことに、私は深く深く御礼申し上げたい。
 学内では広域科学科長、広域システム科学系長、広域科学専攻長、教養教育高度化機構長、副学部長など様々な重責を務めあげてこられた。むろん私にはその全容を伺い知る術はないが、察するに先生のお人柄と脅威のマネジメント力で無理難題のすべてを円滑に処理してきたのではなかろうか。
 松尾先生は、ジンジャーエールとカシスオレンジと甘味をこよなく愛する「大仏」である。どのような狂犬であっても手なずけられる、とてつもない包容力をお持ちだ。お許しいただけるのであれば今後もご指導をお願いしつつ、松尾先生のさらなるご活躍をお祈りして、贈る言葉とさせていただきます。

(広域システム科学/化学)

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