教養学部報
第631号 
他流試合の勧め：小和田恆記念講座について
受田宏之
東京大学教養学部の卒業生であり、外務事務次官、国連大使や国際司法裁判所（ＩＣＪ）所長としてグローバルに活躍された小和田恆氏を称える共同講座を、ライデン大学との間で設けることになりました。ＩＣＪの位置するオランダ最古の大学であり、欧州を代表する研究教育機関と、東京大学の人文社会科学系の研究者と学生とが密度の濃い交流を実現し、その成果をインターネット上で社会に発信することを目的としています。交流の軸となる問題関心は、「国際法と国際関係の相互作用」であり、講座にかかわった学生と教員とが開かれた国際秩序の創出に貢献することにあります。
ライデン大学と東京大学は二〇〇九年八月に、薬学系研究科が全学学術交流協定を締結しています。二〇一八年十二月、それまで十五年間務められたＩＣＪを退任される小和田氏に対し、ライデン大学の前総長より、氏のＩＣＪとライデン大学への貢献を記念して講座を設立したいという提案がなされました。小和田氏は、ライデン大で名誉教授も務められていて、同大の学生の高い学習意欲や優れた国際感覚、複数の言語を当然のように操る語学力に感銘を受けられたようです。同時に、東大教養学部でも長く非常勤講師を務められるなど、日本の若い世代のことも気にかけておられました。小和田氏によれば、長らく国際化の必要が叫ばれてきたにもかかわらず、人口が大きく、地理的にも歴史的にも島国であったことが災いし、ＩＣＪや国連機関の第一線で働く職員やライデン大の能動的な教え子と比べ、自分の習得した学識を英語で説明し、受けた批判に建設的に応答するというプロセスを通じて国際的な発信力を身に付けるという「他流試合」の機会が、日本の若者には不足しています。
そこで小和田氏は、若い世代に挑戦の場を与えるため、ライデン大からの提案を受け入れられました。東大の中で総合文化研究科・教養学部が、担当部局として氏の想いの実現を引き受けることになり、「小和田記念講座」の実施に関する協定を締結しました。小和田氏には客員教授として関与していただいています。ＣＯＶＩＤ─19の影響を受けて着手は遅れたものの、二〇二二年の二月か三月にライデン大学にて第一回の講座を開催する予定です（オンライン開催の可能性もあり）。
先述のように、小和田氏の基本的な問いかけは、欧米諸国が中心となって形成された理想主義的な国際法秩序が今日、様々な国々や集団から挑戦を受けていることに対し、傍観するのではなく、学際的な観点から議論を深めることを通じて、より寛容かつ頑健な国際秩序の創設に寄与することはできないのかということです。駒場には、国際法の専門家もいれば、ゲーム理論という普遍的な枠組を用いて国際政治や国際経済上の争点を分析する研究者、さらには国際法秩序が内在的に抱える矛盾や課題を独自のデータや解釈を通じて示そうとしてきた歴史家や人類学者、哲学者がおり、異なるアプローチを互いに尊重する土壌があります。小和田氏の問題提起に応えるのにふさわしい場といえるでしょう。
本講座では、二〇二六年度までの六年間にわたり、国際法と国際関係に関わる特定のテーマを毎年選び、著名な専門家を招いての基調講演、および両機関の研究者と選抜された十名前後の学生（院生と学部生）からなる英語での討議セミナーなどを開催します。一年目はライデン大学、二年目は東京大学というように、講演とセミナーは交互に開催されます。第一回のテーマは「感情と政治」であり、フランスの政治学者Dominique Moïsi氏が基調講演者となることが決まっています。講座の創設・運営に携わる者として、外交官や国連職員を目指す学部生（留学生を含む）、ユニークな研究成果を書き上げたものの国際的にそれが通用するのか自信が持てないでいる大学院生、実践的意義の大きな研究や新しい形の国際交流に関心のある教職員の皆さまに、参加していただければ幸いです。それは、駒場キャンパスの真のグローバル化を促進するものと確信しています。
一九三二年生まれの小和田恆氏は、大半の教職員にとっては親よりも年上であり、学生にとっては祖父母よりも長く世界の変遷に立ち会い、参画してきた方です。そういう方からの働きかけに対し、感謝はしつつも臆することなく、英語での討議セミナーといった新たな挑戦に取り組みつつ、駒場の変わらぬ自由な精神と溢れるエネルギーを発揮し、期待に応えることができればと考えています。本記念講座に関する情報は随時ＨＰ等でお知らせしますので、積極的なご参加、ご協力をお待ちしています。
（副研究科長／国際社会科学／スペイン語）
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