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教養学部報

第634号 外部公開

インタビュー・ ある法学部卒の英国留学、理系修士号取得

聞き手・関口英子

 東京大学に入学されたとき、学生の皆さんの多くは、これから訪れる学問との出会いにわくわくし、希望に胸を膨らませておられたことと思います。一方、いざ駒場での講義が始まってみると、自分の夢と現実との間にギャップを感じ、教養課程で学んでいることが自分の将来に役立つのか、教養課程における勉強とはこのままでよいのか、不安になったご経験のある学生さんもいらっしゃるのではないでしょうか。  
 本稿では、法学部卒業でありながら、就職後に留学の機会を得た際には、教養課程で培った数学の素養を活かして理系の修士号を取得された濱岡志さんのケースをご紹介したいと思います。
 インタビューに応じてくださった濱岡さんは 二〇一三年に東京大学の法学部を卒業。財務省に入省後、同省の派遣により二〇一九年からは英国のバーミンガム大学とケンブリッジ大学に二年間留学し、コンピュータ・サイエンスの修士号を二つ取得。この夏に帰国、復職して財務省で活躍中です。

一 文系のための数学

―教養学部前期課程の講義で特に心に残った講義はありますか。

濱岡 はい、私は二〇〇九年に文科一類に入学しましたが、教養学部での経験をきっかけに科学的な分野に強く関心を持つようになったので、印象的な講義はいくつかありますが、中でも数学の授業が心に残っています。担当は世界的な数学者である小林俊行教授で、教養課程の文系学生のための履修科目であったのにもかかわらず、教室にはいつも満杯の学生の熱気がありました。小林俊行先生の授業は、高校生でも理解できるような、一見、初等的に見えることから解きほぐし、そこにある数学の本当の意味を深く理解してから飛躍するということで後に話題にもなられているのですが、当時より、いきなり高度な内容に入るのではなく、学生が自分の頭を使って考える力を身につけることを何よりも重視されているという印象で、私でも、もしも地道に取り組んだならば、大学レベルの数学もある程度理解できるかもしれない、という自信を与えてくださいました。こちらの講義では教室に大勢の学生がつめかけていて、立見や床に座って聞いている学生もいたことを記憶しています。その後、私は法学部へ進学し、卒業後に就職した財務省から英国の大学院へ二年間留学した際、自然言語処理という分野に関する研究をすることになるのですが、そこでは一つ一つの単語を何百次元というベクトルで表し、文章をベクトル空間上の点の集合として扱います。初めてそれに触れた時、駒場における小林先生の線型代数の講義で習った行列の基本操作やベクトル空間といった概念と結びつき、それらがこんな形で応用分野に繋がることを実感し、感心しました。

二 法学部卒業、大学院でコンピュータ・サイエンスを専攻

―法学部を卒業されて財務省に入られた後、コンピュータ・サイエンスを学ぼうとされた動機や実現されるまでに経験された困難などについてお聞かせください。

濱岡 コンピュータ・サイエンスに興味を持った一つ目のきっかけは、ありがちですが二〇一六年にソフトウェアのAlphaGoが囲碁のトッププロを破ったことでした。私は中高生時代に囲碁をやっていた経験があったので、この出来事に大きな衝撃を受けると同時に、人工知能に使われている技術や、それが他のどのような分野で活用可能なのかを理解したいと思いました。二つ目は、仕事で留学の機会をいただいた際に、折角の機会なので全く新しい分野を勉強したいと考えたためです。教養学部時代から科学的な分野を専攻することに憧れをずっと持っていたのもあって、できれば科学的な分野を学びたいと考えました。官庁からの留学では、公共政策、国際関係論、法学や経済学などを専攻する人が多いのですが、周りの人とは異なる科学的な分野を専攻した方が自分の強みにもなるのではないかと考え、元々興味を持っていた幾つかの分野の中から、仕事にも活用できるコンピュータ・サイエンスに挑戦することに決めました。
 コンピュータ・サイエンスを学ぶ機会を得るために難しかったのは、出願先の大学院に自分にそのための素養があることをアピールすることでした。英国ではいくつかの大学院に新しくコンピュータ・サイエンスを勉強する人のための修士課程があるのですが、その多くで数学の素養があることが出願要件になっていました。私の場合は幸いにも教養学部で数学の単位をとっていたことで、数学の素養があることを示すことが出来ました。お恥ずかしい話ですが、この時に初めて大学での履修成績というのが、自分の能力を証明してくれる大切な証拠になるということを強く実感しました。

三 英国留学

―留学中は、思いがけないことやご苦労されたことなどのご経験があったことと思います。また、駒場での経験が役に立ったことがありましたでしょうか。

濱岡 留学中の思いがけない出来事として一番に挙げられるのは、間違いなくCOVID―19の流行です。外出制限が長く続いた中で、特に留学二年目のケンブリッジ大学在籍中は学生寮の同じフロアの友人達との交流が日常の大部分を占めるようになったのですが、この時に駒場で専攻に囚われずに学んだ経験が役に立ったと思います。寮の友人達は修士課程や博士課程の学生で、専攻は植物学、化学、数学、法律、環境経済など様々でしたが、どの友人も哲学、テクノロジー、政治や国際関係などの自分の専攻以外の事柄にも幅広く関心と知識を持っており、日々様々な話題についての雑談が行われたので、交友を深めるためにはまさに「教養」が役に立ちました。
 また、駒場での直接の経験というわけではありませんが、留学を決めたとき、駒場で数学の講義をご担当されていた小林俊行先生におもいきってコンタクトをとり、幸運にも留学前には先生の現在のご研究室をお訪ねする機会に恵まれました。そこで先生から、先生ご自身の海外でのご経験を踏まえた様々なアドバイスをいただいたのですが、それらが英国で新しくコンピュータ・サイエンスを学ぶ上での困難を乗り越えるのにとても役に立ちました。一例を挙げると、抽象的な理論を学ぶことは、久しぶりにアカデミックな内容を学ぶ脳にとっては負担が大きいので、よいスタートを切るために留学前から徐々に勉強を始め、脳を慣らしておくとよい、とか、英語ばかりの環境で疲労が溜まってきたら、無理をせずに日本語の本も大いに読むとよい、リフレッシュになるから、といったことです。世界的な研究者の方でもこういった工夫をされているとリアルに分かったことで、自分も同じことをやってみようと決めることができました。海外の大学院でのハードな研究を乗り切ることができたのは、そのおかげと思います。

四 駒場の学生に伝えたい事

―結びとして、駒場の学生にメッセージを伝えていただければと思います。

濱岡 教養学部では、学部での専攻に囚われすぎずに興味があることについては積極的に学ばれるとよいのではないかと思います。私が駒場の学生だった時は英語も得意ではなく、将来に英国の大学院でコンピュータの勉強をすることになるとは夢にも思っていませんでした。やりたいことは将来大きく変わるかもしれませんし、私のケースでは駒場で数学を学んだ経験がコンピュータ・サイエンスを学ぶ機会を与えてくれたように、純粋な興味で学んだことが思いがけない形で可能性を開いてくれるかもしれません。特に経済学部以外に進む文系の学生は、将来数学が関わる分野に進みたいと思ったときのために、数学ができることを示せるような証拠を持っておくといいのではないかと思います。英国では法律専攻だったと言うと、全く数学ができないというように最初は思われ、数学を扱う授業は取らないように勧められたりしましたので。具体的には数学と、これは自分が受講しなかったため現在後悔しているのですが、統計の講義を受講しておくことをお勧めします。また、自戒も込めて、大学での勉強は単位を取るだけではなく、できるだけよい成績をとれるように取り組むことを強くお勧めします。海外の大学院に行きたいと思った時に大学時代の成績が入学審査の重要な要素の一つになるからです。自分はどちらかといえば卒業できればいいかなという学生だったので、この点でとても苦労しました。
 法学部に進学する前の貴重な二年間に、駒場キャンパスの教養学部でリベラルアーツ教育を受け、文系理系の両方を学べたことは、自分のキャリア形成の上で大いに役立っていると思います。

―駒場時代に幅広く学んだことが、卒業後の進路に役立っているとのお話、いまの学生の皆さんにとって大いに励みになり、元気が出る体験談だったと思います。どうもありがとうございました。

編集部註: 濱岡志さんも履修されていた二〇一〇年夏の小林俊行教授の文系のための数学の授業については、教養学部報五四〇号でも写真が紹介されています。
水曜の朝の九時から東大文系一、二年生のために九十分行われました。小林俊行教授の教室には大勢の学生がつめかけ、立ち見や通路に座る学生もみられました。
<https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/540/open/B-3-1.html>

(数理科学研究科)

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