HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報643号(2023年2月 1日)

教養学部報

第643号 外部公開

スキルミオン人工知能素子 スキルミオンを用いた画像認識に成功

横内智行

 近年、人工ニューラルネットワークモデルを用いた機械学習が画像認識や機械翻訳などで高い性能を示すことが明らかになり、注目を集めている。一方で、人工ニューラルネットワークモデルを従来型の演算素子で実行する際の大きな消費電力への対策は喫緊の課題となっている。そこで近年、人工ニューラルネットワークモデルの実行に特化した「人工知能素子(ニューロモルフィック素子)」の研究が盛んに行われており、これまでにさまざまな人工知能素子が提唱されてきている。その中の一つに、物理リザバー計算素子がある。リザバー計算とは、ニューラルネットワークの一種である。通常のニューラルネットワークでは、ネットワーク内の全ての重みを最適化するのに対し、リザバー計算では、出力の重みのみを最適化し、出力以外の部分(リザバー)は、固定した重みで入力信号を変換する役割を担っている。ある物理系に信号を入力した際の応答が、リザバー部における入力信号の変換と同じ振る舞いを示すことがある。したがって、リザバーを物理系で代用することが可能であり、そのようなものを物理リザバーと呼ぶ。
 これまで物理リザバーとして、様々な物理系が注目を集めてきた。その中の一つに、スキルミオンを用いたものがある。スキルミオンとは、粒子状の特殊なスピン構造である。特に、スキルミオンは従来のスピン構造に比べ低消費電力で操作が可能であり、小さいものでは直径が数ナノメートルである。したがって、スキルミオンを人工知能素子に用いることで、低消費電力かつ高集積・高性能な人工知能素子の実現が期待されている。しかし、これまでスキルミオン物理リザバー素子の性能は実験的には十分には調べられていなかった。
 我々は、磁場誘起のスキルミオンダイナミクスに基づく物理リザバー素子を作製し、その性能を詳細に調べた。スキルミオンには磁場をかけると、大きさが変化したり、生成・消失したりして変形するというダイナミクスが生じる。最初に、このダイナミクスが、物理リザバーに要求される性質(①入力信号を非線形に変換し出力する性質や②出力が現在の入力だけでなく過去の入力にも依存するという性質)を持っていることを明らかにした。まず、スキルミオンが形成されるPt/Co/Ir積層薄膜を十字状の形に加工した。そして、この十字状の素子を並列に接続することで、スキルミオン物理リザバー素子を作製した(図)。

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 このスキルミオン物理リザバー素子では、入力が磁場、出力が磁化の値となる。このとき磁化の値はスキルミオンの状態を反映する。時間変動する外部磁場をかけたときのスキルミオンの状態と磁化の値を、それぞれ磁気構造を観察できるカー顕微鏡と磁化の値を反映する異常ホール効果を用いて、詳細に調べた。その結果、外部磁化に誘起されたスキルミオンダイナミクスによる磁化の値の変化が、入力した磁場に対して非線形であること、現在の入力だけでなく過去の入力信号にも依存していることが明らかになった。このことから、磁場誘起のスキルミオンダイナミクスは物理リザバー素子に要求される性質を持っており、スキルミオンが物理リザバー素子に応用可能であることが分かった。
 次に、スキルミオン物理リザバー素子を用いて、人工知能素子の性能評価手法の一つである、波形認識問題が実行可能であることを確認した。波形認識問題とは、入力の波形に対応した値を出力する問題である。さらに、Pt/Co/Ir積層薄膜の物質定数を制御することで、形成するスキルミオンの数が異なる複数の物理リザバー素子を作製した。そして、スキルミオン数に対する波形認識問題の認識率の依存性を調べた。その結果、スキルミオンの数が増えるにつれ波形認識の認識率が高くなる傾向があることを発見した。このことは、スキルミオンを用いることで物理リザバー素子の高性能化につながる可能性を示している。
 最後に、同様のスキルミオン物理リザバー素子を用いて、波形識別よりもより複雑かつ実用的な識別問題である、手書き数字識別問題を実行できることを確認した。まず、0から9までの様々な手書き数字を、スキルミオン物理リザバー素子に入力できるように前処理を施した。そして、合計で13,000個の手書き数字のデータをスキルミオン物理リザバー素子に入力し、学習させた。その後、学習データに含まれない0から9までの手書き数字データを識別できるかをテストし、95%近い認識率を得ることができた。この認識率は、これまで報告された人工知能素子における手書き数字識別の認識率に匹敵するものである。
 本研究では、スキルミオンの変形を用いて人工知能素子を作製することが可能であることが明らかになった。一方で、今回入力信号として用いた磁場は素子の微細化が難しいという問題点がある。今後、本研究で得られた知見を基に、磁場の代わりに電流や表面弾性波といったより微細化に適した信号を入力とした、スキルミオン人工知能素子の研究を進めることで、スキルミオンを用いた低消費電力かつ高集積・高性能な人工知能素子の実現につながると期待できる。

(相関基礎科学/物理)

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