HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報643号(2023年2月 1日)

教養学部報

第643号 外部公開

<送る言葉> 弦理論のBRS量子化、院生達と"恵"、そして駒場

菊川芳夫

 加藤先生は京都大学理学部物理学第二教室の素粒子論研究室、いわゆる湯川研の出身であり、修士課程の時に発表された論文"Covariant quantization of string based on BRS invariance"の業績は圧倒的である。世界中の素粒子理論研究者、特に超弦理論の研究者にその名は知れ渡っており、その手法は数理物理学における一つの常識となっている。弦理論研究を志す院生はみな、この論文を一言一句読み込んでいる。院生達が呟くその時の苦労と感動をよく耳にしたものである。この頃の加藤先生には、同期や先輩、後輩との共著の、目の覚めるような論文が多くあり、研究室の教授、助教授、助手の指導、影響は受けつつも、院生同士でどんどん研究を進める、血気盛んな(闘争的?な)院生だったことが窺える。京大基研PD、KEK助手を経て、一九九一年九月に駒場に助教授としてやってくることになる。
 加藤先生の着任の頃、駒場の素粒子論研究室は米谷、風間、加藤の三枚看板を掲げる日本における超弦理論研究のメッカとなる。重点化前は物理専攻から学生をとっており、優秀な院生に溢れ、重点化後でも駒場を慕って、志ある学生が相関の門をたたいてきている。研究室のセミナーでは、米谷先生、風間先生が最前列に陣取り、加藤先生は、院生達を前に座らせて、自分は最後列に座る。加藤先生は当時から、自ら実践してきた研究スタイル、すなわち、院生が主体的に課題を意識し、問題を深く考察・理解し、明解な論理で解決を示すというやり方を、駒場の院生達に背中でおしえるという方法をとってきたのだと思う。その一方で、院生のバックアップを忘れない。院生の初文献紹介や修士・博士論文審査会などの後の打ち上げで、二次会には決まって、加藤先生が院生達を誘って渋谷のさる大衆割烹に繰り出す。院生達はよくわかっていて、この二次会が楽しみである。こういう方法で、加藤先生は院生達の日頃の考えや気持ちの吐露に耳を傾けることを続けてきた、大好きなお酒も嗜みながら。
 加藤先生といえば、やはり駒場での講義である。明解でスタイリッシュな講義。逆評定には「芸術的な板書」というコメント。加藤先生の講義をよく覚えている、ノートを大事にしているという東大出身の研究者や院生は多い。近年は、解析力学を総合科目として開講すべきとの米谷先生の提案を受けて、加藤先生が講義してきた。加藤先生の発案で、ノーベル物理学賞を受賞した際に益川さん(先生と呼ぶと益川さんに叱られる)をお招きして900番講堂で学生に講演をしていただいた。この時にお手伝いできたことも、冷や汗をかいたけど、よい思い出である。最近では、教務委員を正副委員長、さらに代理(補佐)として、コロナ禍の時期を含めて長い期間務められた。その務めを淡々とこなす姿も実はとてもカッコよかった。加藤先生の駒場での教育への貢献は計り知れない。
 駒場の素粒子論研究室、物理部会の一時代が終わったのだと確かに思う。加藤先生をとりまく研究者、大学院生の繋がりに絡む形で、素粒子理論の研究と駒場の物理教育に携わってこられたことは本当に幸せなことだったんだなと改めて感じる。(加藤先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。)加藤先生には、いつまでも研究室、物理部会にいてもらいたい、コロナ禍もきれいに過ぎさってまた院生達と"恵"に繰り出してほしい、このような原稿も書かないで済めばよかったのに、と本心では強く思っている。

(相関基礎科学/物理)

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