HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報643号(2023年2月 1日)

教養学部報

第643号 外部公開

<駒場をあとに> 忘れはしない・・・

長木誠司

image643-05-1.jpg 一九九七年の赴任なので四半世紀あまり駒場に在職したことになります。こう書くと長いようですが、あっという間だったというような月並みな感想しか抱いていません。たしか赴任の際にもこの紙面に書いたことがありますが、一九七七年に文三入学で一九八一年に本郷の美学藝術学科を卒業し、その後東京芸術大学の大学院に行った私は、もうけっして駒場とは縁がないと思っていました。それがひょんなことからここに舞い戻るはめ(?)になり、最初はとても戸惑いました。自分の居場所はどこか芸術系の、ことに音楽系の専科大学にあるとばかり思っていたからです(先任校がそうだったように)。総合大学に赴任するというのはまったく青天の霹靂でしたが、駒場の、それも表象、そしてドイツ語部会の自由な雰囲気は、当初の戸惑いや緊張感をほぐしてくれるのにちょうどよかった。半年もすると、もう十年くらいいた気分になっていました(周囲にはそれと覚られないようにしていましたけど)。  私の先任はドイツ文学の高辻知義先生でしたが、この方がヴァーグナーの専門でもあった関係から、むしろもっと音楽に近い、「音楽学」専門の私が後任になりました。駒場に音楽学プロパーの専任が就くのは私がはじめてだったと思います。その後、ゴチェフスキ先生が同じ超域文化科学内の比較文学比較文化コースに着任されてから、表象と比較という違いはあるにせよ(そして音楽学という専攻分野が制度的にあるわけではないにせよ)、領域横断的な駒場のよい面が発揮されて、音楽学の教員が二名も(!)いるという歴史的な(?)状況が生み出されたのでした。
 今つらつらと想い出すのは、研究活動でも授業のことでも、個々の学生さんの顔ですらもなく(すみません)、むしろこの自由な環境でいろいろと催したイヴェントのことです。もちろん、それらも研究・教育の一環として行ってきたわけですが、どうもイヴェント性の方が記憶の上では優先している。例えば、初期の頃のゼミナルには、同僚の作曲家や評論家、他校の若い研究者が授業に来てくれて、現場の話をいろいろとしてもらいました。招いたひとはもとより、招いていないひとも勝手に来ていたフシがありました。
 そうしたなかで、例えば秋吉台現代音楽祭の一環でルイージ・ノーノの《プロメテオ》という大作を日本初演することになった年、ゼミナルでは表象ならではの多彩な分野の学生さんたちに参加してもらって、哲学・歴史・文学・作曲・演奏・電子音響技術等々、多面的な角度からこの作品にアプローチしたあげくに、夏の終わりには実際に秋吉台までみんなで「フィールドワーク」に行ったことがあります。そのときの学生さんで、現在駒場のスタッフになっている先生も数名います。
表象というところはアートの現場に関わっている先生方が多いコースですが、私もそのひとりでしたので、何か大きな音楽的イヴェントがあれば、それに関係させて(かこつけて)授業を行うということもたびたび行ってきました。で、授業の内容や記憶そっちのけでそのイヴェントの方が強く印象に残っているというわけですが、授業外での研究上のイヴェントというのも多かったですね。例えば、シュプレヒシュティンメを用いたシェーンベルクの作品《ピエロ・リュネール》の実演付きシンポジウムやシュトックハウゼンの《グルッペン》(国内では二度目の演奏)についてのシンポジウム(やはりシュトックハウゼン作品の演奏会付き)、作曲家・指揮者のハンス・ツェンダーをお呼びしての講演会(作成した肖像写真入りのポスターとチラシを、学内からすべてきれいに持ち去ったコアなファンがいました、誰だか分かりませんが片付ける手間が省けた)。あるいは私の企画でサントリーホールでの日本初演が実現したベルント・アロイス・ツィンマーマンの大作《ある若い詩人のためのレクイエム》についてのシンポジウム。尹伊桑の生誕一〇〇年を記念して行った、やはり尹作品の実演付きの国際シンポジウム、さらには、私の監修で新国立劇場での委嘱新作初演となった西村朗さんのオペラ《紫苑物語》についてのシンポジウム等々。
 駒場のいろいろな施設を利用して行ったこれらのイヴェントは、やはりこの何でも受け容れては、やがてどこかで何らかのアウトプットとして成果が出てくるような駒場の環境があったからこそでした。二〇一九年に発足した芸術創造連携研究機構(ACUT)のような機構ができ、またその管轄下に二〇二一年度から文理融合ゼミナールとしてアート実践を交えた授業が実現に到ったのも、ひとえにこうした環境のなせるわざだと思います。
 それを整えてこられた先任者たち、そして現在の教員・職員の方々に深く感謝するとともに、学生さんたちにはこの環境を目一杯活用していただきたいという想いを述べて筆を置きます。

(超域文化科学/ドイツ語)

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