HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報643号(2023年2月 1日)

教養学部報

第643号 外部公開

<送る言葉> あとにされた者から ─長木先生を送る

ヘルマン・ゴチェフスキ

 「長木誠司」は音楽愛好家の間でよく知られる名前であり、専門知識に富んでいて分かりやすい、ともかく読み甲斐があって面白い音楽評論家として広く知られている。しかし、二十六年前(平成八年)に初めて日本の学会に参加した私にはそういう予備知識が全くなかったので、会議の後で居酒屋に行くと話に「ちょうきさん」がしばしば言及されて、日本人の名前とは思わなかったので、この謎の人物はどこの国の人だろうとまず思った。しかし話の内容から、皆が尊敬している学者だとはすぐ分かった。初めて顔を見て話したのはそれより数年後の学会だったと思うが、今は覚えていない。より深く交流するようになったのは、十八年前(平成十六年)に私が駒場に着任してからのことである。駒場で音楽学を専門としている教員は彼と私二人しかいないから、もちろんさまざまな関わりがあった。それについては後述する。しかし大学院と後期課程の所属は彼が表象で、私は比較なので、博士審査以外の大学の業務で会うことはあまりなかった。前期では彼も私もドイツ語部会なので、毎月一回は同じ会議室に座っていたが、彼は(主任を務めていた二年間を除いて)部会でほとんど発言しなかった。長木さんは人と複雑な関係を持つのが苦手なので、意見が対立するような場面では、特に強い関心がある話題でなければ、介入しないことにしているらしい。これは学会でも同じなので、敵はほとんどいない。しかし、学会でも音楽界でも、人間をよく見ている。そして何でも記憶している。どこかで人材が必要な時に、かならず適切な人物が浮かんでくる。そして音楽学のどんな分野でも、最近だれがどのような研究をし、その人がどこに所属してだれとどういう関係をもっているのか、彼に聞けばすぐ答えを得られる。したがって人間をよく見ていない、記憶力も悪い私は、彼の研究室に可哀想なほどよくお邪魔した。彼が居なくなるのは本当に困る。大学院の所属は違うが、彼と私それぞれの指導学生はお互いに仲良くして、共同の研究会やイベントなどを積極的に立ち上げ、今まで駒場は音楽研究の非常に盛んな場所であった。後任は音楽領域ではないので、この時代は長木さんの退職をもって終わるだろう。従来東大は音楽研究界においてあまり明るい場所ではなかったが、これから再び暗くなっていくのではないかと、大変残念なことであると思う。
 もう一つ気にかかるのはオルガン委員会、ピアノ委員会である。コロナでは止まっていたが、長年盛んであった演奏会企画は今学期再開したばかりである。長木さんが居なくなると、どのように優れている演奏者を呼び、教養学部に相応しい企画を立ち上げられるかは、とても心配になる。音楽史では、どんなに盛んな時代があっても、それがいつの間にか終わってしまう。駒場の音楽生活も、来年の四月以降はどうなるだろうか。少なくとも大きな段落であり、音楽学を専門とする人としてこれから駒場で一人になる私には非常に寂しい話である。

(超域文化科学/ドイツ語)

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