HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報643号(2023年2月 1日)

教養学部報

第643号 外部公開

<送る言葉> マントル対流といえば!!

小宮 剛

 小河先生は一九九四年に愛媛大学から駒場・宇宙地球部会に来られた。宇宙地球部会の地球科学系は長い間、地質、岩石および古生物学の研究者によって占められてきたが、地球物理学や比較惑星学をカバーする研究者がメンバーに加わるようになり、それまでの物質学的発見に重きをおいた研究に加えて、物理学的にあり得るのかと言った視点が新たに加わり、研究に厚みがでるようになった。これによって、地球は例外や偶然を重ねた奇跡の星なのか、高い確率のイベントを辿ってきた必然の星なのか、私たちはその答えを見ることができたのかもしれない。
 ところで、小河先生の代名詞は「マントル対流計算」と言える。地球のマントルは粘性率が数桁にわたり変化し、多様な温度・組成分布と相転移も関係する非常に複雑で、扱いにくいものである。そのため、マントル対流計算の多くは大胆な近似をして、ある現象の一端を再現することに注力される。そうした中で、小河先生のマントル対流計算は、考えられるもしくは可能な全ての要素を取り込むという非常に野心的なもので、他の研究とは一線を画す。このような手法は、地球のような複雑・多成分系の物理においては本質が曖昧になってしまうとされるが、しっかりと成立させてしまうところが小河先生の凄さと言える。
 私が小河先生に最初にお会いしたのは、私がまだ博士課程の大学院生の時だったかと思う。その当時、私は太古(三十八~十九億年前)に噴出した玄武岩溶岩の化学組成からマントル温度の経年変化を推定する研究を行っていた。マントルの温度変化、すなわち熱史はマントル対流と直接関連するため、小河先生のマントル対流計算の論文は物質学的研究と理論的制約を結びつける非常に重要な接点であり、小河先生が公表されていた全ての論文を懸命に理解しようとしたのを覚えている。また、二十七億年前には地球深部物質が上部マントルに大規模に持ち込まれ、地球全体が非常に活動的になるマントルオーバーターンが起きた可能性を指摘したときには、物理的に不可能であるということや実際の物理現象はどう言ったものであったのかということについて、多くのご助言をいただいた。最近、マントルが形成初期に急冷された後、十億年前頃まで一定温度を保持していたことが物質学的推定とマントル対流計算に基づく推定の両方から得られて、やっと和解?点が得られてきたのかもしれない。
 小河先生は早くから火星のマントル対流にも取り組まれていたが、最近ではさらに系外惑星(スーパーアース)や月のマントル対流・熱史にまで、その研究領域を拡げられている。特に、月の熱史計算は月探査の科学的根拠として重要な位置付けにあり、日本の月探査プロジェクトを理論面でサポートされている。やはり、「マントル対流といえば小河先生」なのは、今も昔も変わらない。コロナ禍で会う機会が減っているためか、「今日小河先生は?マントル対流について議論したいのに!」という訪問者との会話が16号館八階でしばしばされている。小河先生は、ひとまずこの三月に駒場を定年退職という形になられるが、多くの領域でまだまだ必要とされている。

(広域システム科学/宇宙地球)

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